りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

パスティス(中島京子)

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南仏プロヴァンスの12か月に出てくるパスティスというリキュールの語源は、アブサンが禁止された際の代用品という意味だそうです。芸術におけるパスティーシュと同じ言葉だとは知りませんでした。本書は円熟期に入った書き手による「思わずにやりとする」パスティーシュ短編集です。( )内はオリジナル作品。

「満願」太宰治「満願」)
舞台はパキスタンの病院に変えられていますが、夫の病気が開放に向かったという妻の喜びがストレートに表現されています。なんせあちらの女性は、普段は顔を隠していますので、

「Mとマットと幼なじみのトゥー」吉川英治宮本武蔵」)
Mは武蔵、マットは又八、トゥーはお通です。著者は「武蔵がゲイに、お通はストーカーに見えてしまった」と語っています。

「夢一夜」夏目漱石夢十夜」)
冒頭の「こんな夢を見た」の後は、どのような不安な夢を持ってきても構わないのでしょう。著者は女性の声のカーナビ頼りの運転に悪夢を感じます。

「腐心中」森鴎外「普請中」)
舞姫のエリスが日本まで森鴎外を頼ってきたのには訳がありました。本書のエリスは新たな恋を得て、幸せな生涯をおくったようで何よりです。

「カレー失踪事件」コナン・ドイルシャーロック・ホームズ」)
妻が出張から帰ると、カレーを作って待っているという夫が失踪していました。推理好きの夫の友人が解決するのですが、知られて欲しくないことまで当てられてしまうのは嫌なものです。

「ムービースター」(映画「キング・コング」)
一番笑えた作品です。「キング・コング」は南の島に映画の撮影に来た女性スタッフに惚れて、ニューヨークまで行ってしまったのですね。

「毒蛾」宮沢賢治「毒蛾」)
極小の毒蛾が飛び回る世界というと、PM2.5のことなのでしょうか。

「青海流水泳教室」岡本かの子「渾沌未分」)
水不足で水泳が不可能になった東京で、父親と娘が教えるのは、羽毛の中で泳ぎ回る術でした。意外と気持ちいいかもしれません。

「王様の世界一美しい服」アンデルセン「裸の王様」)
もし王様は裸でなく、身体にフィットする衣装を着ていただけだとしたら? フェイクニュース拡散の罪は重いのです。

「親指ひめ」アンデルセン「親指姫」」)
政治家たちの女性をめぐる暴言や失言が止まりません。母親たちと親指姫たちの怒りも止まりません。

「伏魔殿」施耐庵水滸伝」)
冒頭の百八星が飛び出した場面だけのパスティーシュです。開けてはいけない場所からは、何が飛び出してきてもおかしくありません。「パンドラ」依頼の教訓なのですが。

「新しい桃太郎のおはなし」(童話「桃太郎」)
「桃太郎=侵略者」バージョンを、さらにひとひねりすると、どうなるのでしょう。

「国際動物作家会議」ケストナー「動物会議」)
「すぐに戦争を始めようとする人間にあきれた動物たちが平和会議を開く」原典は、いま読みたい絵本だそうです。直後にオーウェルの『動物農場』を読んでしまったので、微妙な感じなのですが。

寒山拾得芥川龍之介寒山拾得」)
芥川龍之介も、森鴎外も、井伏鱒二も書いている、2聖人のエピソードは謎めいています。単なる世捨て人なら、あちこちにゴロゴロしているのですが。

富嶽百景太宰治富嶽百景」)
著者は「富士山つながり」でいくらで書けてしまうとのこと。著者が教育実習生として働いていたシアトルの近くにも「タコマ富士」ことレーニア山がありました。

「ゴドーを待たっしゃれ」ベケットゴドーを待ちながら」)
文語調でシェイクスピアを翻訳した坪内逍遥氏の文体で、近代演劇の問題作を意訳したらどうなるのでしょう。著者は「これほど強烈な逍遥文体でも、もとの戯曲の世界観がまったく揺るがないことに、心底驚き敬服した」と述べています。

2019/4