りぼんの読書ノート

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類(朝井まかて)

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森鴎外はドイツ留学中に自分の名前が正しく発音されずに苦労したことから、子供たちに外国人風の名前をつけるようにしたそうです。長男・於菟( オットー)、長女・茉莉(マリー)、次女・杏奴(アンヌ)、次男・不律(フリッツ)、三男・類(ルイ)ですから、かなりのキラキラネームぶり。本書は末子の森類の生涯を、母親の志げや、同母姉の茉莉や杏奴との関係を軸にして描いた小説です。

 

明治44年(1911年)に生まれた類は、11歳の時に父親を失っています。鴎外は不在がちで、後妻であった母親・志げは鴎外の母や妹らに疎まれていたこともあり、ほとんど母子家庭のような少年期をすごしたようです。女性だけの家で何不自由なく育てられたことが、類を線の細い不肖の息子にしてしまったのかもしれません。しかも浮世離れしているものの芸術的センスは抜群の茉莉や、オールマイティでしっかり者の杏奴との比較において、類の影の薄さは際立っているのです。彼が才能を示した頂点は、20歳の時に安奴とともにパリへ遊学した頃かもしれません。

 

しかし、父の遺産によって生涯金に困らないはずだった類の生活は、戦後のインフレによって暗転。既に一家を構えていた類の生活は、たちまち困窮に陥ります。しかし自分の貧困を自覚できていなかったほどのお坊ちゃんですから、器用に金を稼げるはずもありません。相続した鴎外邸跡の一角に立てた書店の主となり、父母や姉たちを題材にしたエッセイを綴り始めますが、どれほどの収入になったのでしょう。むしろ一家の恥をさらして、姉たちの不況をかったマイナスのほうが大きかったかもしれません。結局彼の生活を支えたのは、やはり遺産がらみのアパート経営だったようです。

 

しかし著者は、何事にも成功できずコンプレックスに満ちた類という人物を「味わい深い」と評しています。そしてその味わいは、画家や小説家として大成できなかったことによるとまで言い切っているのです。著者が類に語らせた「どうして何もしないで、ただ風に吹かれて生きていてはいけないのだろう。どうして誰も彼もが、何かを為さねばならないのだろう」という言葉は、結果にこだわる現代社会へのアンチテーゼなのかもしれません。私としては、友人に持ちたくない、甲斐性のない人物としか思えなかったのですが・・。

 

2022/2