りぼんの読書ノート

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シブヤで目覚めて(アンナ・ツィマ)

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日本に留学した経験があるとはいえ、チェコの小説家がどうしてこんな小説を書けるのでしょう。著者が創造した大正時代の作家「川下清丸」が実在した人物であると、チェコで誤解されたというのも無理はありません。彼の略歴と作品には、日本人ですら信じてしまいそうになるほどのリアリティがあるのです。

 

物語は重層的です。プラハの大学で日本文学を専攻する23歳のヤナは、無名の作家・川下清丸が遺した短編に心惹かれ、彼のことを調べ始めます。そのとき渋谷では、6年前に日本を訪れた際に分裂した17歳のヤナの意識が、幽霊のように街を彷徨っていました。そして23歳のヤナと関わった人物たちが、渋谷でヤナの分身に出逢うのです。

 

ヤナが翻訳を進めている、川下の作品がいいですね。父を破滅へと追い込んだ魔性の女と出会った少年の心の揺れを描いた作品を、彼の自伝的要素と結び付けていくだけでも素晴らしいのですが、そこに横光利一芥川龍之介菊池寛などの実在した作家を絡ませていくあたりは、かなりスリリング。そして川下の「分裂」と題された小説を、ヤナの意識の分裂と重ね合わせていくのですから、これはもう超絶技巧です。

 

川越の大火、従姉の死、関東大震災という、川下の生涯に影響を及ぼした3つの悲劇を扱った長編「川を越える」はなぜ失われたのか。それは今どこにあるのか、実在人物と分裂意識がタッグを組んだ渋谷での冒険は何をもたらすのか。そして分裂したヤナの意識は渋谷を脱出して、本人のことに戻れるのか。最後まで息を抜けない展開です。それにしても川下清丸のリアリティは半端じゃありません。

 

2022/2