1.シブヤで目覚めて(アンナ・ツィマ)
日本留学の経験があるとはいえ、チェコの小説家が作り上げた大正期の作家「川下清丸」のリアリティは半端じゃありません。チェコで実在した人物であると誤解されたのは当然でしょう。私も信じてしまいそうになったほどです。プラハの大学で日本文学を専攻して無名の作家を研究するヤナの意識は、6年前に日本を訪れた際に分裂していました。幽霊のように渋谷を彷徨い請けた17歳のヤナの意識は、現在のヤナと関わった人物たちと出会い、作家の足跡を追う冒険が始まります。
2. アンニョン、エレナ(キム・インスク)
書肆侃侃房による「韓国女性文学シリーズ」の第1弾は、凄まじく高水準の作品が揃った短編集でした。家族間の軋轢によって生じた喪失と傷は、韓国にとどまっていても、韓国から外に出ても埋まることはありません。著者が描く女性たちは、母であっても、娘であっても、「言葉にならない苦痛の蠢きを、全身の細胞のあちこちに、地雷のように隠し持っている」ようです。
3.指差す標識の事例(イーアン・ペアーズ)
「『薔薇の名前』とアガサ・クリスティの名作が融合したかのごとき、至高の傑作!」とのコピーを裏切らない傑作でした。1663年、クロムウェルが没して王政が復古したチャールズ2世治下のオクスフォードで起こった大学教師毒殺事件の真相をめぐる4人の回想がことごとく食い違うのは何故なのでしょう。実は4人とも信頼ならざる語り手のようです。歴史的な陰謀や野望に、医学や哲学の進歩を織り込みながら描かれる物語の中心にあったのは、意外にも純愛だったのです。
【次点】
・王朝日記の魅力2『更級日記』の魅力(島内景二)
・王朝日記の魅力3『和泉式部日記』の魅力(島内景二)
【その他今月読んだ本】
・わたしの美しい庭(凪良ゆう)
・類(朝井まかて)
・文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦(朝霧カフカ)
・アクティベイター(冲方丁)
・批評の教室(北村紗衣)
・童の神(今村翔吾)
・じんかん(今村翔吾)
・惨憺たる光(ペク・スリン)
・きのうの影踏み(辻村深月)
2022/2/27