りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

HHhH(プラハ、1942年)ローラン・ビネ

イメージ 1

奇妙なタイトルですが、「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」というドイツ語のフレーズの先頭文字からきています。ちなみに、著者からの、発音に関しての指定はないとのこと。

本書のテーマは、1942年のプラハで実際に起こったナチス高官ハイドリヒの暗殺事件です。親衛隊長官ヒムラーの右腕として「ユダヤ人問題の最終的解決計画」を推進したハイドリヒは、1941年から副総督としてチェコ統治の実質的な責任者となっていました。彼を暗殺するために、当時ロンドンにあった亡命チェコ政府から送りこまれたのは、チェコ人のヤン・クビシュとスロバキア人のヨゼフ・ガブチーク。

当然、報復が始まります。暗殺者をかくまったとされた小さな村は、全ての村人が殺害されたうえで焼き尽されます。密告によって居場所を突き止められた暗殺者たちは、教会に逃げこんだところを発見されて、銃撃戦と水責めの果てに死亡。多くの支援者もまた、拷問のうえで処刑されざるをえません、

極めて興味深い経緯をたどった物語性豊かな事件ですが、それを普通に綴るだけなら普通の歴史小説と変わりません。本書をユニークな存在としているのは、著者の「小説執筆姿勢」です。「史実の穴」を小説家の想像力や推論で埋めていく方法を「作家の横暴」として非難する著者は、可能な限りの調査を尽くして、この歴史上の事件を再現しようとするのです。その甲斐あってかなりの部分まで史実をたどることができたのですが、もちろん100%というわけにはいきません。

ハイドリヒが暗殺当日に乗っていた車は何色なのか(白黒写真しかないのです)。クビシュとガブチークはどんな会話を交わしたのか。プラハの支援者たちは、どんな思いで彼らにどんな言葉をかけたのか。確かに存在したはずの無数の「過去」そのものが、著者を苦悩と逡巡に陥れていきます。それでも著者は物語を書き始め、幾度となく挫折しようとしながらも書き続けようとする・・。

本書の1/3程度は、著者の苦悩なんですね。というより、本書のテーマは「歴史を物語ることの意味」なのでしょう。「架空の人物に架空の名前をつけることほど俗っぽいことがあるだろうか?」と自らに問いかける著者の、誠実で真摯な姿勢がダイレクトに伝わってくる作品です。ただし、著者がストレートに苦悩を語りすぎる点が、若干気になりました。

2015/1