りぼんの読書ノート

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それからのエリス(六草いちか)

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前作鴎外の恋 舞姫エリスの真実で『舞姫』のヒロインの氏名、生誕地、職業などを、公的記録からつきとめた著者が、鴎外と別れてからのエリス(本名:エリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト)の後半生をたどります。

鴎外を追って来日したものの帰国させられ、ドイツの地で鴎外の結婚を知らされたエリスの後半生はどのようなものだったのでしょう。鴎外の娘・杏奴が「父は晩年、女の手紙と手記をひとまとめにして焼却させた」と手記に残し、鴎外の母・峰の日記からある時期「毎月海外送金をしていた」ことは、2人の関係が途絶えていなかったことを意味しているのでしょうか。小説のエリスは妊娠して男の不実を知り、発狂してしまったのですが・・。

著者は丹念にベルリン市や区役所の公文書や教会の記録の森を彷徨います。ひらめいたことは確認できず、掴みかけた手がかりはどれも1904年で途絶えてしまうなかで、ついに見出したことは、エリーゼの結婚。帽子製作職人だったエリーゼは、1905年に比較的裕福と思われるユダヤ人商人と、結婚していたのです、この時38歳。調査を始めたときはお互い若かったのに・・という著者の感慨がいいですね。

エリーゼは2度の大戦を生き抜いて、1953年に亡くなっていたことが判明します。享年87歳ですから天寿を全うしたのでしょう。子どもこそいなかったようですが、妹の息子の家族に看取られていました。彼女は決して孤独でも早逝でもなかったのです。そしてついに探し当てたエリーゼの妹の息子の家族。そこには大叔母エリーゼの写真や遺品が大切に遺されていました。ついにめぐり合えた・・。写真のエリーゼはもうお婆ちゃんでしたけど。

著者は調査の過程で、鴎外がベルリンで下宿していた建物が現存していることも「発見」します。戦火で破壊されたとの通説は誤りだった訳です。徹底的な調査によって事実を発掘していく重要性を認識させられます。「政治」や「通説」に振り回されることなく、近隣国との間に起こった「歴史」に対して、このような調査はできないものなのでしょうか。

著者の執念の調査はまだ終わってはいません。エリーゼに子どもはいなかったのか。鴎外との交流は途絶えてしまっていたのか。新たな「発見」に期待したいものです。『舞姫』や『即興詩人』を再読してみたくなりました。

2013/12