りぼんの読書ノート

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赤い人(吉村昭)

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明治14年、政府は石狩川上流に樺戸集治監の設置を決定し、終身懲役囚に赤い獄衣を着せて押送します。かくして地の果てにおける絶望的な監獄生活が開始させられました。夏は虻と蚊、冬は極寒に苦しめられる中で、まずは自らが収監される獄舎を建設。次いで道路建設や石炭採取など開拓労働を行うに際し、足袋や綿入れの支給すらされず、食料すら不足するという劣悪な環境。最初の年の暮れまでに、囚人の1割もが病死しています。 

 

看守たちもの苦労もまた、想像を絶するものでした。厳罰主義で臨んだことから囚人たちから憎悪され、脱走者を斬殺・射殺する一方で、看守が殺害される事件も頻発したのです。この悲惨な歴史は大正8年に樺戸集治監が廃止されるまで続きます。 

  

小説というよりまるで歴史解説書を読むような、著者独特の「記録文学」は、森鴎外から学んだ「正しい資料を確実に守る。下手にいじることはしない。余計な感情は捨てる」という禁欲的な創作姿勢から来ています。本書もまた、歴史の裏面を客観的に描いた作品でした。 

 

しかし文学的創造の点でも優れているのです、大半が名前すら記されない無名囚人たちの中から、誰を実名で登場させるのか。どの場面で対象との距離を狭めた描写を挿入するのか。歴史的事実を記述するに際して用いられた著者の技巧は、まるで優れたドキュメンタリー番組を見ているようでした。いや、現代のドキュメンタリーこそ、森鴎外や著者の姿勢から学ぶものが大きかったに違いないように思えます。 

 

2019/11