りぼんの読書ノート

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鬼神の如く(葉室麟)

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加賀騒動伊達騒動とならんで「三大お家騒動」と呼ばれる肥後黒田藩の内紛は、寛永10年(1633年)の出来事でした。祖父・如水(官兵衛)、父・長政の跡を継いで乱脈な藩政を敷いただ黒田家3代目の忠之のことを、筆頭家老であった栗山大膳が「主君に謀叛の疑いあり」と幕府に訴え出た事件です。しかし黒田藩の所領は安堵され、騒動の責を取った大膳が盛岡藩にお預けとなっただけで大事には至りませんでした。その前年には同じく九州の外様大名である肥後藩の加藤家が改易となるなど、徳川家光による武断政治が完成に近づいていた中で、このような軽い処分で事なきを得たのは何故なのでしょう。

 

このテーマについては森鴎外が『栗山大膳』で、彼こそが藩の行く末を思う忠臣であり、彼の訴えは藩を救うためのものであったと再評価していますが、本書はそれをさらに徹底した作品です。この事件を同年の長崎奉行・竹中重義の改易・切腹や、3年後の天草・島原の変と関係づけて、大膳の目的は黒田藩の安堵のみならず、家光が目論んでいたとされるルソン出兵を戒めることにあったとしているのです。さらに、宮本武蔵柳生十兵衛、まだ無名の少年にすぎなかった天草四郎、転び伴天連のフェレイラなど、多彩な人物を登場させてエンターテインメント的な要素も多分に加えられています。まさしく著者円熟期の作品であり、司馬遼太郎賞を受賞したことも頷けます。

 

藩主に疎まれながらも鬼となり幕府と闘い抜いた大膳について、主要な登場人物のひとりである女武芸者でキリシタンの舞は、「理想の武士像」にとどまらず「イエス」と同様に宿命と闘い抜いた人物とまで評価しています。著者の中では武士道の自己犠牲の精神は、十字架上のイエスと重なるものであったのかもしれません。本書の悪役のひとりである竹中重義は竹中半兵衛係累であり、ともに秀吉の軍師ごして黒田藩の始祖・官兵衛と深く関わった人物です。幕藩体制が完成に近づいた時代における軍師のあり方を、この2人に競わせるというて趣向も加えられていたのでしょう。

 

2021/9