りぼんの読書ノート

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樅の木は残った(山本周五郎)

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本書を原作とした同名の大河ドラマによって、伊達騒動の当事者のひとりである原田甲斐の印象は大きく変わってしまいましたが、それまでは彼は悪役として認識されていました。歌舞伎「伽蘿先代萩」で彼をモデルとする仁木弾正は、藩を乗っ取ろうとして忠臣たちに滅ぼされる奸臣として描かれているのです。しかし原田甲斐の生涯を調べた著者は、彼こそが汚名を被せられることを恐れずに仙台藩を守り抜いた忠臣であったという、新解釈を打ち立てました。

 

伊達騒動の経緯は複雑なのですが、本書に沿って概括してみましょう。物語は、仙台藩3代藩主の伊達綱宗が放蕩を理由として、幕府から21歳の若さで強制的に隠居させられた1660年に始まります。4名の綱宗側近は上意討ちと称する者たちに殺害され、わずか2歳の亀千代が4代藩主に立てられますが、この事件を裏で操ったのは、仙台側では綱宗の叔父の宗勝であり、幕府側では老中首座の酒井雅楽でした。実はこの2人は息子の縁談を介して姻戚関係となる予定だったのです。

 

幼い藩主の後見役となった宗勝は、やりたい放題に藩政を壟断。自派に有利なように一門の所領紛争を裁定したり、彼に諌言した藩士たちに過酷な処分を下したりすることが続いて、藩内の不満は蓄積していきます。それに加担したのが宗勝によって国老に推挙された原田甲斐だったのですが、彼には深い信念がありました。宗勝の狙いは反対派に藩内の問題を幕府に上訴させることであり、それを受けた酒井雅楽は藩政不行届を理由に仙台藩を分割して半分を宗勝に与えるとの筋書きを、原田甲斐は必死に抑え込んでいたというのです。それでもついに伊達一門の有力者から上訴が行われてしまい、原田甲斐最後の切り札を出すのですが・・。。

 

主家の分割を防ぐためとはいえ、妻を離縁し、友人たちと絶縁し、心ある藩士たちから憎まれ、最後には汚名を被って死んでいく原田甲斐の生きざまは壮絶です。歌舞伎の演目で描かれるわかりやすい悪役よりも、本書の人物像のほうが遥かに深みがありますね。どちらが原田甲斐の真実に近い姿かという議論は、ここでは意味がありません。その一方で彼の理解者である若い女性や、彼の生き方と対比させるように武士であることをさらりとやめる青年を登場させるなど、文豪の筆は冴え渡っています。直木賞をはじめとする文学賞をことごとく辞退した著者の反骨魂が結実した代表作でしょう。

 

2021/8