りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

プリンス(真山仁)

物語の舞台は、国際社会からの圧力によって大統領選挙が実施されることになった、東南アジアの軍事政権国家です。メコン共和国という架空国家とされていますが、ミャンマーをベースし、他の独裁国家での事例を織り込んで形作られているようです。

 

大統領候補として国民から期待されていたジミー・オハラが、亡命生活を終えて帰国した瞬間に射殺されてしまいます。亡き夫の遺志を継いで立候補したのは、未亡人となったばかりのグレイス・オハラでした。国民からも圧倒的な支持を得たグレイスでしたが、はたして政治的には全くの素人にすぎない彼女に大統領など務まるのでしょうか。どうやら彼女を傀儡として操ろうとする勢力が背後にいるようなのです。

 

一方で日本留学中だったジミーの息子ピーターも、日本の未来を良くしたいと願っている親友の犬養渉とともにメコンに帰国していました。母グレイスの手際良すぎる行動に疑問を抱いたピーターは、亡き父の旧友らの支援を受けてイギリス、アメリカ、中国、さらには自国軍部らの動静を探るものの、彼にも危機が及んでくるのでした。はたして軍事独裁が常態化していることに加えて、大国の策謀が蠢いている国家で、民主主義は実現可能なのでしょうか。

 

架空の途上国の物語ですが、本書は日本の若者たちに向けて問いかけた作品です。平和で自由で豊かであるが故に政治への関心が薄い国民と、恐怖と不自由と貧しさの故に政治から目を背けざるをえない国民は、なぜ相似形になってしまうのでしょうか。『ハゲタカ』などの経済小説でデビューした著者ですが、近年では『売国』、『標的』、『バラ色の未来』、『当確師』など、日本の政治の未来を問う作品が目立ちます。かなりご都合主義が目立つストーリーですが、このくらい単純化しないと書き切れないテーマなのでしょう。各章の扉に記された「文部省著作教科書 民主主義」の抜粋が効いています。敗戦直後に書かれた教科書が、平易な言葉で民主主義の理想をうたいあげていたことに驚かされます。

 

2023/8