りぼんの読書ノート

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年年歳歳(ファン・ジョンウン)

韓国で2020年に「小説家50人が選ぶ今年の小説」第1位に選ばれた作品は、韓国の女系家族の物語でありながら、家族を越えた広がりを見せてくれるようです。

 

物語の中心にいるのは、1946年に38度線近辺で生まれたイ・スンイル。幼い頃に朝鮮戦争で両親と妹を失い、親戚の家で女中代わりに使われた後に、やはり戦争孤児であった夫と結婚。2人の娘と1人の息子を育て上げ、現在は事業に失敗した夫とともに長女夫婦のもとに身を寄せて、孫たちの面倒を見ています。毎年続けていた故郷への墓参りも、70歳を過ぎて足が悪くなってきたのでもう途絶えるのでしょう。実は彼女の戸籍名は「スンジャ(順子)」であり、当時の世代ではありふれた名前だったとのこと。もちろん植民地時代の日本の影響を受けています。物語は、彼女が2人の娘にも話すことのなかった過去へと踏み込んでいきます。

 

長女のハン・ヨンジンは比較的裕福な夫と結婚して2人の子供を得た後も、デパートの有能な販売員として働き続けています。しかし40代を迎えた彼女は思うのです。自分の人生はこれで良かったのかと。思えば彼女の人生には「やりたいことを全部やって生きるなんてできないよ」という母の言葉が呪いのように染み付いていたのでしょう。高校を出てすぐに一家の稼ぎ頭として家に縛り付けられる一方で、末息子だけは自由にさせた親からは、人をあきらめさせる言葉ばかり聞かされてきたのです。彼女はこれからも、母に対する愛情と確執を抱えながら生きていくのでしょう。

 

作家である次女のハン・セジンには、著者自身の人生や性格も投影されているのでしょう。同性の友人と同居し、キャンドルデモに参加し、朝鮮戦争後にアメリカ人の軍人と結婚して渡米した祖母の妹の孫娘とも交流を続けています。そこには離散家族や海外移民や海外養子の問題が内包されているのですが、それらの問題に深く踏み込むことは、本書のテーマを越えているのでしょう。

 

なぜ母の世代に「スンジャ(順子)」という名前の人が多いのかとの疑問から生まれたという本書について、著者は「家族の物語として読まれることが心配だ」と語っています。母と娘たちの物語でありながら、本書が書かれた2020年の時点で70代のイ・スンイルも、40代のハン・ヨンジンも、30代のハン・セジンも、それぞれの世代に共通する思いを代弁している個人なのですから。

 

2023/8