りぼんの読書ノート

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秋(アリ・スミス)

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15世紀イタリアのルネサンス画家と母を失ったばかりの21世紀のイギリス少女の物語が交差する不思議な小説『両方になる』の著者が、ブリグジットを決めた国民投票の直後に著した本書のテーマは「対話」であるようです。

 

といっても実験的な手法を模索し続けているかのような著者の作品は、決してストレートではありません。本書の主人公は、療養施設で眠り続ける101歳の老人ダニエルと、彼を見舞って本を読み聞かせる32歳の女性エリザベス。少女時代の隣人であったダニエルは、そのとき既に80代の老人だったのですが、彼女に小説や音楽や絵画の魅力を伝えた人物でした。

 

意識が戻らないままに、60年代に早世した女性ポップアーティストとの叶わなかった恋や、戦争中にナチの手に渡ったらしい妹のことを夢に見続けるダニエルと、母との確執を抱えつつ、非常勤講師を務めているロンドンで不毛な対話に疲れているエリザベスの間に「対話」は成り立つのでしょうか。そしてダニエルが目覚めることはあるのでしょうか。

 

EU離脱に揺れるイギリスもさることながら、最近ではアメリカ大統領選挙における2人の候補の討論会での「対話の不在」は強烈でした(このレビューを書いている10月中旬の時点では大統領選挙の結果はまだ出ていません)。実際に言葉を交わすことなく、心象風景のみで「対話」しているかのような2人の交流は、、その対称にあるものとして印象付けられます。

 

ところでダニエルの悲恋の相手と思しきアーティストとは、実在したポーリーン・ボティという人物です。ほとんど歴史に埋もれてしまったようですが、「Pauline Boty」で検索すると彼女の先駆的なコラージュ作品や、20代で病死した悲劇的な人生を訪ねることができます。

 

2020/12