りぼんの読書ノート

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絞め殺しの樹(河崎秋子)

絞め殺しの樹とは、芯になる木に絡みついて栄養を奪いながら締め付けていき、元の木を殺してしまう蔓性の樹木のこと。芯の木が枯れる頃には蔓が自立できる太さになっているから中心には空洞が残ります。釈迦が樹下で悟りを開いたインド菩提樹もその一種です。絞め殺した樹もいつかは枯れる諸行無常の世界の中で、絞め殺された木は不幸なだけの存在なのでしょうか。そんな因果関係を超えて新たに生まれて来るものはないのでしょうか。そもそも太くて強い木でなければ、絡みつかれることもないのです。

 

昭和10年、両親の顔も知らない10歳のミサエは、元屯田兵であった家系を誇りとしている農家の吉岡家に引き取られます。かつて祖母が使用人であったというだけの縁でミサエを引き取った吉岡家は、幼い彼女を労働力としてボロ雑巾のようにこき使い、学校へも通わせてもらえません。しかし出入りの薬売りに見込まれて札幌の薬問屋に奉公するようになたことで、彼女の人生は開けました。戦後、保健婦となったミサエは、再び根室に戻ってくるのですが・・。

 

本書は2部構成になっています。第1部は重なる不幸に押しつぶされそうになりながらも懸命に生き抜いたミサエの物語であり、第2部はミサエを母としながら吉岡家を継ぐ養子として育てられた雄介が、既に病死した母の生涯をたどりながら、自分の生き方を定めていく物語。最果ての地である北海道の根室で、戦前から戦後にかけて多難の道を歩き続けたミサエの生涯は「絞め殺された木」のようですが、本書の主題は彼女の芯の強さを描くことだったのでしょう。桜木紫乃さんが描く「北の大地で生き抜く女」とはまた異なるタイプの「強い女性象」です。

 

2022/9