りぼんの読書ノート

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古いシルクハットから出た話(アヴィグドル・ダガン)

1912年にプラハで生まれたユダヤ系の著者は、ナチスドイツの侵攻と社会主義政権の誕生によって、1949年にエルサレムに渡りました。イスラエルの外交官として世界各国に駐在した後に、19777年に引退して文筆業に専念。本書は著者が、日本、ビルマポーランドユーゴスラヴィアノルウェーオーストリアでの体験をもとに綴られた短編集です。

 

どうやら著者の外交官時代の記憶は、東京の高島屋で購入してから愛用し続けた古いシルクハットの中に綴じ込められているようです。そこから飛び出してくるのは、「外交官あるある」の日常で起こった「まさか外交官が」という物語ばかり。

 

ビルマで亡くなったインド系大使館職員のために書いた神々に宛てた推薦状。通訳に対する不満。オスロで高齢の英国大使が失踪した理由。アルメニア過激派が1世紀前の恨みからウィーン駐在トルコ大使を殺害した事件。オーストリア外交官の東京での浮気の結末。ウィーンのプラター遊園地で購入させられた木馬の賢さ。ポルトガルのナザレで漁師の妻を襲った悲劇。

 

どれも興味深いものですが、著者の真骨頂はやはりユダヤに関連した物語でしょう。ユダヤ系であることを隠していたイタリア外交官夫人の浮気相手が、500年前に改宗を強制されたマラーノであるスペイン外交官だったこと。ポーランド外交官夫妻が突然イスラエル移住を決意したのは、息子たちがユダヤ差別に染まりそうになったから。アイスランドイスラエルの遠さに隔てられた祖母と孫娘のそれぞれの恋が起こした悲劇。

 

ただし忘れてはいけません。外交官というものは、常に真実のみを語るわけではないことを。

 

2023/8