りぼんの読書ノート

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エトワール広場/夜のロンド(パトリック・モディアノ)

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ノーベル文学賞受賞作家であり「生存する最も偉大なフランス作家」とも称される著者が、1968年に22歳で発表したデビュー作と、翌年の第2作を収録した1冊です。どちらの作品にも「ナチス占領下のパリで闇のブローカーとして生き残ったユダヤ人」である父親を持つがゆえの、自らのアイデンティティへの疑念が深く刻み込まれています。

「エトワール広場」
タイトルは、パリの凱旋門を中心とする広場のことではなく、ユダヤ人が「ダヴィデの星」の着用を強制された場所を意味するようです。一人称で語り続ける主人公は、対独協力作家をからかい、スイスの寄宿学校では文芸に嵌り、帰国してスキャンダルを起こして退学。このあたりは1945年生まれの著者の分身なのでしょう。

しかし後半に入ると様相は一変します。主人公のユダヤ人は、パリ、フランスアルプス、ノルマンディー、ウィーンで誘惑者・誘拐者となったり、建国直後のイスラエルで拷問を受けて女性中尉に救出されたりと、時空を超えて複数の人格を演じます。それは著者にとって忌まわしい父親の記憶と重なっているのでしょう。

馴染みの薄い固有名詞が反乱する中で、サルトルをモデルとするバルトルなる人物が目を引きます。サルトルが掲げた「ユダヤ人とは他人がユダヤ人と見なす者のことである」という、他者の眼を意識した実存主義的な定義に対する反発が強烈でした。

「夜のロンド」
ナチ占領下、人影の途絶えたパリで夜な夜な酒食とダンスに興じる、どぎつい色づかいのスーツを着た男たちと厚化粧の女たちは、闇商人たちです。しかし、英雄的なレジスタンス組織であるはずの「影の騎士団」との違いは鮮明ではありません。それどころか、ゲシュタポ組織ですら次第に彼らと区別がつかなくなっていくのです。両陣営から二重スパイと見なされて行き場を失った主人公は、やがて闇の中に消えていくのでしょうか。それとも戦後フランスでも、したたかに生き延びているのでしょうか。

2018/7