りぼんの読書ノート

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アカシアは花咲く(デボラ・フォーゲル)

あらゆる意味でマイノリティ小説家であった著者が知られるようになったのは、2000年代に入ってからのことだそうです。彼女が1942年にナチスユダヤ人ゲットーで射殺されてから60年以上もたってからのこと。

 

彼女のマイノリティ性は比類がありません。祖国を喪失したこと。彼女が生涯を過ごした東欧のリヴィウは、彼女の短い生涯の間にオーストリア領、ポーランド領、ナチス占領地となり、後にソ連領時代を経て現在はウクライナ西部の町となっています。どこからも辺境の地域であり、リヴィウが注目されるようになったのは、悲しいことにロシア侵攻のニュースに関連して報道されてからです。ユダヤ人であったこと。彼女の母語はドイツ語とポーランド語でしたが、作品は東欧ユダヤ人だけの言葉であるイディッシュ語で書かれました。女性であったこと。彼女の影響を受けた男性作家ブルーノ・シュルツは早くから認められていたのと対照的です。

 

彼女が用いて洗練させた「モンタージュ」という形式が、現在はほとんど忘れられていることもマイノリティ性を増幅させているのでしょう。エイゼンシュタインの映画「戦艦ポチョムキン」で有名な技法ですが、彼女の作品はより「絵画的」です。彼女が「文学のモンタージュ」として好んで用いる幾何学的形態、色彩、素材、マネキン、果物、花などのモチーフは、映画や美術や詩作の分野と比較して理解しがたいのは事実です。私たちは彼女が忌避した「いつ、どこで、誰が、何を、なぜ」を綴る「時代遅れ」の文学に慣れ親しみすぎているのでしょう。彼女の作品は、散文ではあるものの「詩」として理解するほうが受け入れやすいかもしれません。

 

著者の唯一の長編である表題作は、「アザレアの花屋」、「アカシアは花咲く」、「鉄道駅の建設」の3つの短編からなっており、1931年から1933年にかけて書かれています。隣国ドイツでナチスが勢力を拡大していく不安が表現されていますが、併録されてい1937~8年の後期短編では、戦争、軍隊、弾薬などの具体的な言葉も登場するようになりました。その数年後に自身がその犠牲者となることを予感していたかのように。

 

2022/12