りぼんの読書ノート

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ボーン・クロックス2(デイヴィッド・ミッチェル)

全6章からなる本書は、ホリー・サイクスというイングランド生まれの女性の生涯をたどる形で進行しています。第1章は彼女が15歳の時の不思議な体験。第2章はスイスで20代のホリーと遭遇した学生ヒューゴが巻き込まれた運命。第3章はホリーと結婚して娘も授かったエドが語る家族の絆。第4章は作家クリスピンが不思議系小説家となっていた40代のホリーと親交を結ぶ経緯。ここまでのところ、ホリーの周囲をたゆたっている謎の正体は何も明らかにされていません。しかし全てが第5章で明らかになるのです。

 

「第5章」ホロロジストの迷路 2025年

語り手は輪廻転生者のマリナス。これまで別の姿で何度かホリーの運命と交差しています。今回の生では男性の精神科医となっていたマリナスは、40年前の「隠者(アンコライト)」との戦いで死んだと思われていたエスター・リトルからの伝言を受け取ります。彼女は瀕死状態に陥った際にホリーの精神の片隅に避難していたとのこと。そして最後の決戦の時が近づいているとのこと。

 

ここまで「少々不思議」ながら現実世界の出来事に即して語られてきた物語は、一気にハイファンタジーの世界に突入していきます。「隠者」とは邪悪な聖像画「盲目のカタリ」によって組織され、選ばれた人間を犠牲にして不老不死の能力を得た集団であり、彼らを滅ぼすことこそが輪廻転生者の集団である「時計学者(ホロロジスト)」の使命だったのです。果たして最後の決戦はどのように戦われ、どのような結末を迎えるのでしょう。そして普通の中年女性にすぎないホリーは、どのような役割を果たすのでしょう。

 

これまでの各章で理解が及ばなかった個所の意味が、ここで一気に明らかにされていきます。何度も以前の章を読み返すハメになりました。それどころかマリナスは『出島の千の秋』に登場していたマリナス医師であり、エノモトは「はぐれ隠者」だったとのこと。思わぬリンクでしたが、そこは主題ではありませんね。

 

「第6章」シープス・ヘッド 2043年

語り手は70歳を超えたホリーへと戻ってきます。石油は枯渇し、海水面は上昇し、自然災害は多発し、疫病が流行している未来は完全なディストピア。航空機事故で娘夫婦を失っていたホリーは、孫娘のローレライと、ボートピープルとして流れ着いたアラブ系のラフィクという少年とともに、アイルランドで暮らしていますが、食料も安全も保障されていません。20年前の最終戦闘などもう夢のようなこと。しかしここで彼女は、生命の連鎖に気づくことになるのです。半島の上に浮かぶ二重に霞んだ月の情景の美しさにも。

 

本書のタイトルである「ボーンクロックス(時の骨)」とは、隠者たちが、死すべき運命にある人間を侮蔑的に呼ぶ言葉でした。しかし人間は、死すべき運命と向き合いながら生き続けなくてはなりません。古くからあるものの古びないテーマが、本書の通奏低音として流れ続けているのです。

 

2023/8