りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

帝都最後の恋 占いのための手引き書(ミロラド・パヴィッチ)

ナポレオン戦争時代を舞台にした、セルビア人3家族をめぐる奇想にみちた愛と運命の物語」です。章の順番どおりに読むと時系列順に並んだひとつの物語ですが、巻末に付けられたタロットカードを用いて、占いのように22の章をランダムに読んでも良いとのこと。この場合はそれぞれに独立した短編のように味わえるのでしょう。私はもちろん時系列順に読みました。

 

はじめに綴られるのは1790年代の親世代の物語。トリエステの船主でフランス軍騎兵隊大尉のハラランピエ・オプイッチと、架空の町ゼムンからオーストリア軍に加わったパホミエ・テネツキと、やはり架空の町カルロヴツィの豪商イェレミア・カロペロヴィッチ。この3人を結び付ける運命の女性が、ギリシャ生まれの絶世の美女ラスティナ。彼女は戦場でパホミエに略奪され、パホミエを射殺したハラランピエの恋人となり、彼の子を宿したままイェレミアに嫁ぐのです。

 

次いで綴られるのは1810年代の第2世代の物語。ハラランピエの息子ソフロニエは、彼の一族を恨むパホミエの息子パナに刺されて木に逆さ吊りにされたところを、パナツキの妹イェリセナに助けられて、彼女と結婚することになります。彼はイェレミアの娘ドゥニャの愛人であった時期もありました。

 

複雑に愛憎関係が入り組んだ物語ですが、ハラランピエとソフロニエの親子を中心に置いてみると、彼らを取り巻く女性関係を含めてすっきり理解できるようです。とりわけ自ら劇団に出資して彼自身の3度の死の場面を上演させていたハラランピエが物語の中心なのでしょう。第2の死のあとは吸血鬼としてに現世にとどまり、息子ソフロニエの妻となったイェリセナから求愛された途端に跡形もなく消え去ったという謎めいた人物は、大国の間で運命を翻弄された著者の祖国セルビアを象徴しているのでしょうか。

 

もっとも著者の本音は、「(トルコに領有されていたセルビア人が蜂起している時に)なぜ君たちは、フランスとオーストリアという異国の軍にいるのかね」と、ソフロニエに語りかけた隠者の言葉にあるのかもしれません。1804年と1815年の蜂起によってセルビアは制限付きの自治権を獲得し、1830年の露土戦争に伴って完全な独立を果たすのですから。

 

2022/12