りぼんの読書ノート

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アイダホ(エミリー・ラスコヴィッチ)

母親による娘殺しという衝撃的な事件が核となっていますが、静謐感をたくわえた物語となっています。主な語り手は、2004年時点で38歳だった頃のアン。音楽教師であるアンは、アイダホ州北部の人里離れた山中で50歳になる夫ウェイドと2人で暮らしています。実はウェイドは再婚であり、前妻ジェニーは9年前に6歳の妹娘メイを殺害して服役中。当時9歳だった姉娘ジェインは失踪したまま行方が知れません。

 

アンは当時のウェイド一家を襲った悲劇の原因を考え続けているものの、夫の心を波立たせないよう気遣っています。しかしウェイドが若年性認知症を発症したようで、振る舞いが怪しくなってきました。彼は次第に事件のことも、最初の結婚のことも、娘たちのことも忘れて、漠然とした喪失感のみを抱えて生きているようになっていきます。娘たちの記憶を自分が引き継がなくてはならないという思いを募らせるアンでしたが、事件の真相は最後まで明かされません。

 

一方で服役中のジェニーも何も語らず、何の希望も口に出さず、同房のエリザベスだけと言葉を交わす日々を続けています。やがてウェイドが亡くなった後の2025年になって、2人の老いた女性たちは初めて顔を合わせることになるのですが・・。

 

著者は物語の舞台となっているアイダホの山中で育ったとのこと。故郷に対する強い愛着が、物語の端々から感じられます。はじめは本書の冒頭80ページだけを中編として書き上げたものの、編集者から長編とするように勧められ、現在の姿になったようです。個人的には濃密な冒頭部分が好みであり、ウェイドの父親や、彼の始めの結婚生活や隣人たち、幼い姉妹の日常や片足を失くした少年、ジェインが成長した姿を想像で描く画家のエピソードなどは、少々間延びした印象があります。もっとも、本書の中で珠玉のシーンとなったアンとジェニーの出会いの場面は、中編のままでは存在しなかったわけです。

 

2022/12