りぼんの読書ノート

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ふたつの人生(2)ウンブリアのわたしの家(ウィリアム・トレヴァー)

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国書刊行会の「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」第3弾に、ツルゲーネフを読む声とともに収録されている作品です。

イタリアのウンブリア地方で簡易ホテルを経営するエミリーが語る、1987年夏の思い出は、痛ましい列車爆破テロから始まります。ボローニャ駅で起こった爆破事件で負傷した57歳のエミリーは、同じ車両に乗り合わせていた3人の被害者を、一時的にペンションに引き取ります。娘と娘婿を失ったイングランド人の退役将軍、恋人と片腕を失ったドイツ人の青年。そして両親と兄を失ったアメリカ人少女エイミー。誰もが心に深い傷を負って、癒しの時間を必要としていたのです。

疑似家族のように寄り添った者たちは、言葉も記憶も失ったかのようなエイミーに愛情を注ぎます。それは失った恋人や娘や、あるいは得られなかった娘や孫娘に対する代償だったのでしょう。そして、エイミーの母親と不和であったという伯父が姪を引き取りにきた際に、皆が喪失感を覚えたのは当然のことでした。

ロマンス作家でもあったエミリーは、彼らの人生に関する断片を空想で繋ぎ合わせて物語を紡ぎ出していました。しかしエミリーの伯父夫婦に関する想像は、妄想へと膨らんで行き、ついにはエミリーを邪悪な伯母に引き取らせることを阻もうとして、常軌を逸した行動に出てしまいます。

エミリーの語りが疑わしく思えてくる瞬間が秀逸です。バイク乗りの両親から売り飛ばされ、養父からは姦通を迫られ、いい加減な男に引っかかってアイダホへで暮らし、そこから逃げ出してアフリカでカフェを開いていたという経歴だけでなく、ロマンス作家であることすらも信じられなくなってくるのです。あるいは、終盤にポロリと「ベッドルームで稼ぐ仕事」をしていたとつぶやいたことだけが、真実なのかもしれません。著者が63歳の時に出版された、円熟期の作品です。

2018/3