りぼんの読書ノート

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ふたつの人生(1)ツルゲーネフを読む声(ウィリアム・トレヴァー)

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国書刊行会の「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」第3弾には、ともに「小説」と深いかかわりを持つ熟年女性を主人公とする中篇が2作収録されていますが、内容的には全く別の作品ですので、レビューも2つに分けて書くこととします。まずは「ツルゲーネフを読む声」。

精神を病んだ人たちを収容していた施設が閉鎖されることになり、そこに31年も入所していたメアリー・ルイーズを夫のエルマーが迎えに来る場面から始まる物語は、1955年に始まった2人の結婚生活へと遡って行きます。

そこで語られるのは、田舎の農場でつつましい生活を送っていた21歳の女性が、町で服地店を営む35歳の男性へと嫁いだ物語。2人とも、イギリス連邦から独立した後のアイルランドで斜陽化しつつあるプロテスタントであり、服地店の経営もおもわしくなさそうなことも暗示されています。しかしメアリーにとって何よりも問題なのは、底意地の悪い2人の義姉の存在であり、彼女を守ろうとせずに飲酒癖を深めていく夫の愛情を信じられないことでした。

2年後、幼馴染の病弱な従妹のロバートと再会したメアリーは、ロバートが朗読するツルゲーネフの作品に耳を傾けながら、彼とともにあったかもしれない人生を夢想するようになっていきます。そしてロバートの急死によって、メアリーは精神に変調をきたしていくのです。

しかし本書の凄まじさは、わずか数カ月の美しい記憶を頼りにして、メアリーがその後31年にわたって離された生活をすごしたという点にあるのでしょう。彼女はずっと、ロバートが語ったツルゲーネフの小説世界に生きていたのですから。

1991年に本書が出版された時の著者は63歳。どこで何を語るか、あるいは何を語らないでおくかという叙述の効果を熟知した、円熟期を迎えようとしている巨匠の筆は冴えています。ウンブリアのわたしの家が併録されています。

2018/3