りぼんの読書ノート

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獄中シェイクスピア劇団(マーガレット・アトウッド)

世界のベストセラー作家が、シェイクスピアの名作を語りなおすシリーズが出版されています。その第1弾である本書は、カナダを代表するアトウッドによる『テンペスト』の現代版。

 

妖精たちを従えて孤島で復讐心に燃える魔術師プロスペローは、舞台芸術監督のフェリックス。民族遺産大臣のサルと組んだ腹心の部下トニーに裏切られ、名門劇団から追われたフェリックスは、失意のどん底で復讐を誓います。幼くして病死した愛娘ミランダの存在を夢想し続けながら、岩屋のような掘っ立て小屋に流れ着き、やがて刑務所の更生プログラムの講師となって服役中のメンバーにシェイクスピア劇を指導。そして12年後、ついに復讐の機会が訪れます。出世を重ねていたトニーとサルが刑務所の劇団を視察に来るというのです。彼の復讐劇はどのようなものになるのでしょう。

 

プロスペローに従う精霊エアリアルや怪物キャリバーンに扮するのは個性的な服役者たち。プロスペローの娘ミランダはダブルキャストです。ひとりはフェリックスの夢想の中に住む娘ミランダであり、もうひとりはフェリックスの失墜によってメジャーデビュー機会を失っていた女優のアン・マリー。ナポリ大公の息子と恋に落ちるのは生身の女性でないと無理ですからね。

 

テンペスト』は単なる復讐劇ではなく、「牢獄」から解き放たれる物語でもあります。他者に囚われた牢獄、自ら閉じこもった牢獄、牢獄であることを気付かせない牢獄・・。「set me free」というセリフで終わるオリジナル作品には9種類の牢獄が登場するというのですが、本書の登場人物たちはそれぞれの「牢」から解放されることになるのでしょうか。本書のラストシーンは、フェリックスが愛娘ミランダを自らの夢想から大気の中に解き放つ場面であることだけは記しておきましょう。

 

テンペスト』には答えの出ていない問いが多く含まれているのですが、服役者たちに劇中人物たちの「その後」をプレゼンさせる最終課題が秀逸です。そのそれぞれが「新解釈」として成立しているのですから。そういえば「獄中シェイクスピア劇団」の登場人物たちの「その後」もわかりません。アン・マリーは女優としてブレイクできるのでしょうか。エアリアルを演じた天才ブラックハッカーや、キャリバーンを演じた元軍人の暴行犯や、簒奪者たちを演じた詐欺師や麻薬密売者や、道化を演じた移民の万引きグループリーダーたちは、出所後にそれぞれの夢に向かっていくことになるのでしょうか。多義的な批判精神を入り組んだ入れ子構造に押し込めた作品ですが、決して難解ではありません。非常に楽しい作品でした。

 

2023/2