りぼんの読書ノート

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星落ちて、なお(澤田瞳子)

2021年下期の直木賞受賞作です。中世以前の日本に詳しい著者ですが、時代小説の読者層は江戸時代が中心であるせいか、近世以降の物語も増えてきています。本書は明治・大正期を舞台とする女絵師の半生をたどった作品です。

 

主人公は、幕末から明治初期に活躍した絵師・河鍋暁斎のあとを継いだ娘・河鍋暁翠。5歳の時から父親に手ほどきを受けていた暁翠は、明治22年、22歳の時に父親を亡くしました。絵師としての腕前に優れた義母兄の暁雲は遺されたものの始末を放棄したため、全てが若い女絵師の背中にかかってきます。しかし「画鬼」と称された父親の腕前に遥かに及ばないことは、彼女自身が一番よくわかっていたのです。

 

暁翠は、明治から大正へと移りゆく時代の中で、一門の絆や世間の評価が揺れ動く様を見つめ続けます。最後まで父親の背中を追い続けた兄・暁雲の死。一門のパトロンでもあった弟子の没落と奇妙な再起。親子2代に渡る忠実な弟子の家族に起こった愛憎。暁斎の奔放な画風の根底にあった狩野派の衰退。時流に乗った画家たち。乗り損ねた画家たち・・。そんな中で彼女は、忠実に基本の技を磨き続けようとするのですが、夫との関係もぎくしゃくしてきます。・・。

 

物語のハイライトは、関東大震災の際に愛娘よしの安否を気遣う暁翠が、父親と自分との違いに気付く場面でしょう。画業だけを愛した暁斎なら、家族のことなど忘れて、赤い月の下の地獄図を描いたに違いないと、そんな暁斎にとって、暁翠はただの師弟だったのかもしれないと。そして彼女は思うのです。「自分は父と違う」と。ここでようやく彼女は、父親の亡霊から逃れることができたのでしょう。

 

偉大すぎる絵師を父親に持った娘を題材にした小説としては、北斎の娘を取り上げた『眩 くらら(朝井まかて』や、歌川国芳の娘・登鯉に焦点をあてた『侠風むすめシリーズ(河治和香)』などがあります。いずれも優れた小説に仕上がっていますが、女流小説家にとって魅力あるテーマなのかもしれません。

 

2022/12