りぼんの読書ノート

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おもちゃ絵芳藤(谷津矢車)

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幕末の大絵師・歌川国芳の死後、残された弟子たちは時代が明治へと大きく急展開する中で苦闘せざるをえません。語り手は、人徳はあるものの才能のなさを痛感している歌川芳藤です。後輩絵師からも「華がない」と酷評され、版元からは「おもちゃ絵」と呼ばれる子供向けの玩具に使われる絵の注文しか来ない。それでも彼は国芳の娘たちに代わって葬儀を取り仕切り、師匠が開いた画塾の世話をし続け、一門の結束を守り抜こうとするのです。

 

確かに他の才能ある弟子たちにはその役割は果たせなかったのでしょう。狩野派に転じてアーティストの道を歩もうとしている河鍋暁斎は資格がなく、才能に恵まれて衝撃的な無残絵の書き手となる月岡芳年神経症を病んでおり、時代を敏感に察知するセンスに恵まれた落合芳幾は挿絵画家として新聞界に転じていくのですから。

 

もちろん芳藤も懊悩を繰り返します。才能のなさを自覚していながら良い仕事の発注を期待したり、才能ある弟弟子たちの活躍に僻んだり、大切にしている師匠の娘の思いを意地で退けたり、西洋画や写真に押されて衰退していく浮世絵の未来を憂いたりもするのですが、自らの意思で一歩を踏み出すことができません。しかし、そんな芳藤への共感も失望に変わり始める頃に、ようやく転機が訪れます。それは西洋での人気を受けた浮世絵の再評価だったのですが、既に彼には時間が残されていませんでした・・。

 

題材の面白さもさることながら、本書の裏テーマは「創作の永遠性」ということなのでしょう。それは著者自身が、自らの小説に対して期待したいことではないかと思うのですが、どうなのでしょう。なお幕末期の国芳一門については、河治和香さんが国芳の娘である登利を主人公とする連作シリーズ『国芳一門浮世絵草紙』で書いています。全5巻ですが、第1巻の『侠風むすめ』は出色の出来でした。

 

2021/10