りぼんの読書ノート

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ウィーン五月の夜(レオ・ペルッツ)

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20世紀前半のオーストリアで時代を先取りした幻想小説を著していた著者の短編小説・紀行文・文芸評論などを収録したアンソロジーです。ユダヤ人であるが故に、ナチスに併合されたウィーンを離れた著者の体験がもとになっている表題作は抒情的な美しさをたたえていますが、未完であるのが惜しまれます。

「自由な鳥」
故郷の村から放逐された元貴族が、フランス革命後に評議会委員となって故郷へと戻ります。彼の目的は何なのでしょうか。一方で彼の陰湿さを知っている元海賊の艦長も、村へと船を向けるのです。いかにも一大ドラマが始まりそうですが、ここで終了。

「ウィーン五月の夜」
ナチスに併合された後、日に日に暮らしにくくなってくるウィーンからの脱出を決意したユダヤ人の主人公が、その前夜にいわくありそうな女性と再会する場面で終了。もうひとりの女性の登場も予告されているだけに、これは殺生です。

「短編」
6つの掌編からなる章です。過去から逃れられなかった男が謎の自殺を遂げる「軍曹シュラーメク」、何も作品を残さなかった男は「黙して聴くことの巨匠」ではなかったのかとの推論からなる「レオナルドの弟」、歴代当主が月に殺されたとの妄想を抱いた男の悲劇を描いた「月を狩る」などが収録されています。本書の中で一番楽しめる章でしょう。

「紀行」
第一次大戦後に新聞社の通信員として、ウクライナやアフリカなどを旅した時の紀行文です。自分の体験にその地の歴史を絡ませて四次元的に綴られた紀行文は、司馬遼太郎氏の『街道をゆく』などの紀行文の先駆けといえるでしょう。

文芸時評
対象は個々の文芸作品ではなく、著者が20世紀初頭に知己を得たアナトール・フランス、シュニッツラー、ワイルダー、グスタウ・ウィードらの文学者についての人物点描です。

2018/1