りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

骨灰(冲方丁)

「東京の地下には地獄が眠っている」そうです。江戸は大火で知られた都市であり、250年間に大火災が100回以上も起きています。明治以降も関東大震災東京大空襲があり、東京の土にはどこも、骨まで焼かれた者の骸が混じっているとのこと。本書は、暗渠とされた地下水に流れ込んだ骨灰の呪いが引き起こすホラー小説です。

 

主人公は、渋谷の大規模な再開発を手掛けるデベロッパー会社のIR室に勤める松永光弘。自社の地下作業現場に関する不穏なツイートの真偽を確かめるために地下に向かった松永は、異常な乾燥と嫌な臭いを感じます。作業場のさらに下に掘られた巨大な穴にあったのは不気味な祭祀場であり、そこには謎の男が鎖に繋がれていたのです。明治時代の最初の地下開発の際に地鎮祭を行った会社はまだ存在しており、当初の契約も継続中。その玉井工務店はオープンな家族経営会社で、形式的にお祓いをしているという説明にも不審な点はありませんでした。鎖に繋がれた男性は、古代の人身御供に代わる臨時雇いの志望者だったようです。しかしその日から、松永と家族は「骨灰」の恐怖に浸食され始められるのでした。

 

著者は、個人のパーソナル空間である「自宅」が怪異に侵入されるという、スティーブン・キング的な恐怖を描きたかったとのこと。それに加えて2015年という設定は、オリンピックに向けて東京の再開発が進んでいく中でホームレスが追放されるなど、勝ち組と負け組がはっきりと分かれ始めた年代であることを意識したようです。不条理に満ちた世界においても「不安と恐怖は必ず克服できるというメッセージを送りたかった」とのことですが、その試みは成功しているのでしょうか。てっとり早く「勝ち組コース」を目指す風潮を戒める意味合いのほうを強く感じたのですが。

 

2023/9