りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

海うそ(梨木香歩)

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昭和初期、南九州の遅島に調査に入った若い地理学者・秋野は、明治以降の変化の中で急速に失われつつあった「島の原型」を求めて歩き回ります。廃仏毀釈の大波は、修験道によって開かれた寺院を破壊し、僧侶を離散させ、さらには伝説を消し去ろうとしていたのです。

やがて秋野は、明治神道が敵視したものは仏教ではなく、原始宗教の名残りだったのではないかと気づきます。霊山として崇められた紫雲山、麓に造られた寺院群、「奥の権現」の暗がりに光る発光性の茸、岩山から落下する滝、平家落人伝説、霊媒(ミミ)の存在、蜃気楼(ウソ)・・。「島という盆栽仕立て」の空間には、過去の痕跡が密度濃く堆積しているようです。婚約者と両親を相次いで喪ったばかりの秋野は、島を歩き回る中で癒されていきます。

50年後。建設会社に就職した次男が遅島の開発に携わると聞いた秋野は、島を再訪します。以前に島を案内してくれた人々は既に亡く、寺院の痕跡も、伝説も地名すらも消えようとしている中で、南限のカモシカもまた絶滅していました。秋野は「喪失感」に襲われます。

かつての婚約者の死は雪山での自殺であったと聞かされた読者は、雪のなかで立ったまま凍死したカモシカのエピソードが秋野に与えた衝撃の意味を理解することになります。そして、「喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった」という秋野の述懐の意味が、深く理解されてくるのです。秋野の述懐は同時に、家守綺譚冬虫夏草を深く理解するためのキーワードであるように思えます。

2014/2