りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

こうしてイギリスから熊がいなくなりました(ミック・ジャクソン)

「クマのプーサン」や「テディベア」は有名ですが、イギリスの野生の熊は11世紀に絶滅しているそうです。かつて実在した熊たちは、単なるキャラクターに置き換わってしまったのです。本書は、イギリスから熊が消えるに至った物語を、寓話的な8つの物語として描いた連作短編です。新潮クレストブックスの『穴掘り公爵』の著者らしいシニカルな語り口が次第に心に響いてきます。

 

「精霊熊」

電灯もオイル・ランプもない時代、夜のざわめきや嵐は、悪魔の化身である精霊熊のせいにされていたとのこと。村から出ていくよう熊を説得する役目に選ばれた身寄りのない老人は正気を失ってしまうのですが・・。

 

「罪食い熊」

死者への供物を食べて故人の罪を押しつけられる「罪食い」の役を、下層民に代わって担わされた熊たちは、事情を知って反逆するのです。しかしこれ以来、熊に対する崇拝の念は消えてしまったのです。

 

「鎖につながれた熊」

鎖に繋がれた熊を猛犬たちに襲わせる「熊いじめ」なるショーは、16世紀に始まったとのこと。死に至る運命に逆らって、鎖を引きちぎった熊たちはロンドンからの脱出を試みます。街から出ていく前の3日間、ロンドンを支配した熊たちは、まるで革命に加わった民衆のようです。

 

「サーカスの熊」

18世紀、サーカスの見世物になっていた熊たちの中には、調教師と信頼関係を結んでいたものもいたのです。ある日酔っぱらった調教師は、老いた熊を森に返そうとするのですが・・。三輪車を漕ぎながらテントの外に出て行ってしまう熊や、ケーブルだけになった橋を綱渡りする熊の映像が目に浮かびます。

 

「下水熊」

19世紀のロンドンでは、地下に張り巡らされた下水溝に閉じ込められた熊たちが厳しく働かされていました。操縦を誤った船が下水の格子を破ったのを機に、大ぜいの熊たちはテムズ川を泳いで下っていくのでした。果たして彼ららどこに向かうのでしょう。

 

「市民熊」

20世紀のイギリスで人間になりすまして市井で働いていた熊も、やはり自由を夢見ていたのです。潜水士として働いていた熊は、人間の相棒の手から離れて地底湖に潜り、地底洞窟のその先へと向かっていきます。

 

「夜の熊」

世に忘れ去られたたくさんの熊たちが、太古の偉大なる熊の呼び声に応えて、森の奥へと進んでいきます。夜の教会で休息していた熊たちを慰める、老婦人のハーモニウム演奏と讃美歌は、まるで熊たちに捧げられた鎮魂歌のようです。

 

「偉大なる熊」

偉大な熊に率いられた熊たちは、丘の上の遺跡から発掘された巨大な舟を奪って、大海原へと漕ぎ出していきます。かくしてイギリスから熊がいなくなってしまったのですが、この船は熊たちの箱舟だったのでしょうか。熊たちを襲った大洪水とは、人間たちのいる世界のことだったのでしょうか。

 

2023/7