りぼんの読書ノート

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愚者の階梯(松井今朝子)

江戸時代の狂言作者の末裔で、大学講師の桜木治郎が探偵役を勤める「歌舞伎界のバックステージ・ミステリー」の第3作。『壺中の回廊』と『芙蓉の干城』と合わせて「昭和三部作」の完結編になるのでしょう。

 

昭和10年、満州国皇帝溥儀が来日した際の奉迎式典で、木挽座(歌舞伎座)では歌舞伎の名作「勧進帳」を上演。無事に終わったものの、セリフが不敬であると国粋主義者が糾弾。脅迫状も舞い込んでくる中で、興行主の会社専務が舞台装置で首を吊った姿で発見されます。自殺か他殺かも不明な中で、何か知っているらしい大道具方の棟梁の殺害事件が発生。一連の事件は右翼による犯行なのでしょうか。それとも木挽座の裏方に紛れ込んでいるらしい共産党員が関係しているのでしょうか。特高警察が乗り出そうとしている中で、桜木らは事件の真相に迫るのですが・・。

 

歌舞伎舞台の構造や装置を巧みに用いたトリックはシリーズに共通しています。「女帝」六代目沢之丞の老いと、その孫で美貌の五代目宇源次の成長は、歌舞伎界の移り変わりを反映しているのでしょう。左翼シンパになったり軍人に憧れたりとフラフラしていた桜木の義妹・澪子がトーキー女優を目指して成長していく姿も、時代を感じさせます。しかし何よりも、本書の事件の翌年に「二・二六事件」が起こるというエピローグが衝撃的です。やはり「昭和三部作」はここで終わるのでしょう。

 

著者は、2020年の日本学術会議任命問題から、昭和10年に起きた「天皇機関説事件」を連想してm本書の構想を得たとのことです。当時、軍部や右翼の暴走を止められずに大衆に迎合してしまったインテリ層の弱さは、現代においてもまた繰り返されるのでしょうか。本書からは、今がまさに戦争前夜ではないかとの危機感を読み取るべきなのでしょう。

 

2023/7