りぼんの読書ノート

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不死鳥と鏡(アヴラム・デイヴィッドスン)

1950年代から70年代にかけて独特の奇想小説、SF、ファンタジー、ミステリを書いた著者の作品は、『どんがらがん』と『エステルハージ博士の事件簿』に続いて3作目。どちらも河出書房新社の「奇想コレクション」と「ストレンジフィクション」の1冊ですが、ジャンル分けなど不要です。草創期のSFやファンタジーは「ひとり1ジャンル」と言われるほどに百花繚乱だったのですから。

 

主人公であるナポリの魔術師・ヴァージルは、古代ローマの詩人ウェルギリウスのこと。トロイ滅亡後の英雄遍歴譚である『アエネーイス』の著者として名高い実在の人物ですが、中世ヨーロッパにおいては魔術師扱いされて伝説化されてしまったとのこと。本書は「古代に投影された中世主義」の世界に入り込んで書かれた物語です。

 

古代ナポリの地下水路で人頭獅子身の怪物マンティコアに襲われたヴァージルが、高貴な奥方コルネリアに救われる場面から物語が始まります。彼女と愛を交わしたヴァージルは秘儀によって「魂のひとつ」を奪われてしまい、「無垢の鏡」を製造することを約束させられます。鏡の材料を集めるだけでもローマ世界周遊が必要なほど途方もない企てであり、友人の錬金術師クレメンスの協力を得たものの、その約束にはさらに裏があったのです。

 

コルネリアが唯一愛を捧げた相手とは誰なのか。コルネリアの娘ラウラを誘拐したのは誰なのか。ラウラは何の身代わりになる運命なのか。そもそもラウラはコルネリアの娘なのか。ヴァージルの冒険譚がたどり着く先を何度も見失いそうになりましたが、終盤になってフェニックスが登場してからは、一気に絡まった糸がほぐれていきました。読み終えてみると、物語の仕掛けの大きさに感嘆するばかり。しかし本書は、出版された1969年当時、さっぱり売れなかったとのこと。一種の「奇書」だから仕方ないのかもしれませんが、本書が邦訳されるくらいですから、近年になって再評価されているのでしょうか。あと2作あるという、このシリーズの続編も読んでみたいものです。

 

2023/7