りぼんの読書ノート

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流浪蒼穹(郝景芳)ハオ・ジンファン

中国の人気SF作家であるケン・リュウ編のアンソロジーのタイトルになった『折りたたみ北京』で、日本でも有名作家になった著者ですが、これまで『郝景芳短篇集』や『人之彼岸』の短編集しか紹介されていませんでした。本書は邦訳されたはじめてのSF長編です。

 

22世紀。地球の開発危地にすぎなかった火星は、35年前の戦争によって独立を果たしています。地球とは対等の関係にあるとはいえ、人口は200億vs2千万人。巨大なドームシティにすぎない火星は、厳しい環境下にあることもあって禁欲的な独裁体制の下にありました。しかし、友好のために地球への使節として5年間をすごした少年少女たちの帰還とともに、火星の歴史は大きく変わろうとしていたのです。

 

物語は、火星総督ハンスの孫で使節団の一員であったロレインが、火星の体制に違和感を抱くところから始まります。享楽的な自由を謳歌しえるものの拝金主義が横行する地球と、高邁な理想はあるものの個人の自由が制限されている火星のどちらにも、彼女は馴染めなかったのです。そこに祖父の思いや、両親の死の真相や、さまざまな陰謀が絡んできます。そして彼らが行動を起こした時、「最後のユートピア」は崩壊の時を迎えるのでした。

 

どうしても現実社会の投影として政治的に読めてしまうのですが、それは禁物なのでしょう。小説世界には、理想化や単純化や誇張が多分に含まれているのですから。ラスト近くで少年少女たちが反政府集会に集まる場面は「天安門事件」を思わせますが、「火星のプリンセス」であるロレインはそこでどのような行動を取ったのでしょう。そして「ユートピアの崩壊」とは、何を意味しているのでしょう。かつて「折りたたみ北京」について「中国のことではなく、世界に共通の出来事を書いている」と述べた著者による複雑な物語世界を堪能できる作品です。

 

2023/7