りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

月の光(ケン・リュウ編)

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この数年で中国のSFは世界に爆発的に広まりました。中国の科学技術の発展と比較すると遅すぎるくらいですが、1980年代に反体制小説として批判されたことで、2000年代に入るまでてSF小説家は存在していなかったとのこと。本書は『折りたたみ北京』に続く、ケン・リュウ編のアンソロジー第2弾です。女性作家が目立ちます。 

 

「おやすみなさい、メランコリー」夏笳(シアジア) 

自分の人間性を疑う女性とアラン・チューリングの物語が交互に綴られる中で、AIやVRに覆いつくされた世界での癒しが問われていきます。『折りたたみ北京』にも3作が収録されている女性作家です。 

 

「晋陽の雪」張冉(ジャン・ラン) 

宋軍に包囲された北漢最後の都・晋陽に不時着した時間旅行者は、全ての知識を用いて晋陽を難攻不落の城に作り変えますが、それは救援を待つための時間稼ぎでした。彼は7月の晋陽に雪を降らせて救難信号をあげようとするのですが、そのときには中国の王朝につきものの陰謀が進行していたのです。ちょっと『戦国自衛隊』っぽいですね。 

 

「壊れた星」糖匪(タンフェイ) 

亡くなったはずの母親が告げるのは、単なる星占いなのか、予言なのか。電脳世界の物語を売る「コールガール」も不気味でしたが、こちらのほうがずっと怖い。 

 

潜水艇」韓松(ハン・ソン) 

長江を埋め尽くした手作りの小型潜水艇は、上海に出稼ぎにきた地方農民たちの安価な宿でした。しかし悲劇が起こるのです。新華社通信の記者でもある著者によると、「今中国で起きていることはSFよりも非現実的で衝撃的だ」そうです。 

 

サリンジャー朝鮮人」韓松(ハン・ソン) 

時空を改変する量子再不確定化兵器を用いてアメリカを征服した北朝鮮軍は、隠遁していたサリンジャーを探し当て、人類解放の先駆者と称えるのですが・・。こんな時間線を発生させてしまった中国人の宇宙観察者とは著者のことなのでしょう。 

 

さかさまの空」/程婧波(チョン・ジンボー) 

水晶天に覆われた世界で、好奇心の強いイルカのジャイアナは大噴水に乗って空の高みを目指します。噴水の頂点は双子惑星の重力均衡点だったのですが、彼女は星になってイルカ座となったのです。 

 

「金色昔日」宝樹(バオシュー) 

これは面白い。4歳の時に北京オリンピックを見た少年の未来では、我々が過去の出来事として知っていることが起こっていくのです。大学時代に天安門事件に巻き込まれ、アメリカに行った恋人とは冷戦で引き離され、大学講師時代には文化大革命で批判され、大学教授として復帰した時には朝鮮戦争国共内戦が起こり、さらに日本軍の侵略が起こるのです。歴史の大波に翻弄される恋人たちは再会できるのでしょうか。逆行しているのは時間ではなく歴史の流れです。 

 

「正月列車」郝景芳(ハオ・ジンファン) 

テクノロジーがもたらす階層社会の絶望的な固定化を描いた「折りたたみ北京」の超短篇です。時空連続体を横断する列車の運行は、正月帰省ラッシュを緩和できるのでしょうか。 

 

「ほら吹きロボット」飛氘(フェイダオ) 

ほら吹きの王から、畢生の大ぼら吹きになるよう命令されたロボットは、死神から逃れ続ける3人の男と出会い、さらに死神本人と出会います。この冒険譚は全てロボットが語る大嘘なのでしょうか。それとも・・。 

 

「月の光」劉慈欣(リウ・ツーシン) 

100年後の自分からかかってきた電話は、未来の文明崩壊を防ぐために地球に優しいエネルギー技術を授けられますが、3度に渡る試みは全て、より悲惨な結果を招くのでした。一晩のうちに3度も人類の未来を変えた男は、結局何もしないことを求められるのでした。『三体』の著者である中国SF界の大御所の作品です。 

 

「宇宙の果てのレストラン――臘八粥」吴霜(アンナ・ウー) 

SF的レストランを舞台にした連作短篇の第1作だそうです。この物語では、オーナーシェフの過去が語られますが、彼の娘だという少女・小魔(シャオマー)の正体は不明なまま。 

 

始皇帝の休日」馬伯庸(マー・ボーヨン) 

中華を統一した始皇帝がゲーム三昧生活を宣言すると、縦横家、法家、儒家墨家、兵家、陰陽家などの諸家が自慢のゲームを提供して百家争鳴時代が訪れます。どれも気に入らなかった始皇帝の前に現れたのは、徐福と名乗る詐欺師でした。現代のゲームが古代中国の歴史や思想と似ていることに驚かれます。 

 

「鏡」顧適(グー・シー) 

未来のことはわかるが過去は忘れるという透視能力者の正体は、いったい何だったのでしょう。この結末は意外過ぎます。 

 

「ブレインボックス」王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン) 

5分ごとに記憶を上書き記録し続ける装置は、最期には死ぬ前の5分間の記憶を提供することになるのです。亡くなった恋人の最期の記憶を読み取った男は、真の愛情を読み取ることができたのでしょうか。 

 

「開光」陳楸帆(チェン・チウファン) 

高僧に開光(開眼法要)されて売り出された写真アプリは、奇跡を写し取ったのでしょうか。「十分に発達した科学技術は仏法と見分けがつかない」というのは、アーサー・C・クラークのもじりですね。 

 

「未来病史」陳楸帆(チェン・チウファン) 

幼児期からiPADに親しんだことで起こる知覚不全、時間感覚が調整された脳の過負荷を和らげるための記憶障害、遺伝子に組み込まれた言語監視ファイアーウォールがもたらした言語崩壊・・。科学技術の発達が人類にもたらす新たな病が列挙されます。未来は暗そうです。 

 

他に、中国SF研究者によるエッセイが3本収録されています。中国ではSFとファンタジーの境界線はあいまいなようですが、中国神話や伝説の伝統もあいまって、科幻(SF)、奇幻(ファンタジー)、玄幻(中国風の超自然的モチーフを含む小説)、魔幻(西洋風な魔法モチーフを含む小説)という分類がされているとのことです。 

 

2020/9