中国SF界に燦然と輝く「三体シリーズ」の著者による短編集には、1999年のデビュー作から『三体』の一部をベースとして2014年に書かれた表題作まで、著者15年間の歴史が詰まっています。ほかにも異星文明の侵略、環境問題、気候変動、三村での貧しい生活、教育の重要性、エネルギー問題、人口冬眠、文明の終末など、『三体』で扱われているさまざまなテーマの原型を見つけることができるのです。
「鯨歌」
麻薬密輸のために鯨を制御する最先端科学が用いられるのですが・・。「三体シリーズ」にもマッドサイエンティストは登場していましたね。
「地火」
前近代的な炭鉱労働者を開放するために地底での石炭ガス化技術を開発した主人公は、想定外の大災厄を引き起こしてしまいます。著者の父親も炭鉱労働者でした。
「郷村教師」
貧村で子どもたちの教育に生涯を捧げた教師が病に倒れます。しかし彼の最後の授業が、地球を救うことになるのでした。
「繊維」
並行世界とは繊維のようなものなのでしょうか。そこではひとつひとつの網目が分岐を意味しているのです。
「メッセンジャー」
プリンストンの自宅の2階で毎夜ヴァイオリンを奏でながら人類の未来を憂える老人の正体は、明らかですね。彼に未来からのメッセージを届けに来た青年の正体も。
「カオスの蝶」
コソボへの空爆を中断させるために取られた手段は、バタフライ・エフェクトでした。しかし祖国に妻子を残して世界各地の特異点を尋ね回る父親の旅にも、ほころびが出てしまったのです。
「詩雲」
神と崇められる異星種族が漢詩に憑りつかれたことで、人類は救われたようです。しかし最高傑作を含む無限の詩編の中から芸術性を識別して取り出すことは、また別のことなのでしょう。
「栄光と夢」
軍事衝突の代わりにオリンピック競技で勝敗を競うとのアイデアは、実現可能なのでしょうか。文字通りスポーツに命を懸けた戦士たちの生きざまが報われる日は来るのでしょうか。
「円円のシャボン玉」
中国西北部の砂漠を緑地に変える理想を抱いた科学者夫婦の娘・円円が、唯一関心を抱いたのはシャボン玉でした。しかし彼女が開発した巨大シャボン玉こそが、水資源の再配分を可能にする切り札なのかもしれません。
「二千十八年四月一日」
ここから後は『三体』以降の作品が続きます。人類を不老長寿に近づけるのは、遺伝子改良なのでしょうか。それとも人口冬眠なのでしょうか。エイプリルフールの日の壮大な嘘が、主人公にある決断を促します。
「月の光」
エネルギーと環境の問題を解決するのは、地表を太陽電池に変えるケイ素耕運機でも、地球電子抽出技術でも、制御核融合技術でもなさそうです。自然を制御することなど不可能なのかもしれません。
「人生」
母親の記憶を継承して生まれてくる胎児は降伏なのでしょうか。ひとりの人間の人生の記憶など、まだ生まれてもいない胎児にとっては重すぎるようです。
「円」
始皇帝の300万人の兵士をビットとして用いてスパコンを作らせた荊軻の狙いは何だったのでしょう。『三体』に登場するエピソードの発展形ですね。SFアンソロジー『折りたたみ北京』にも収録されています。
2023/4