りぼんの読書ノート

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反乱者(ジーナ・アポストル)

フィリピン人作家による米比戦争をテーマとしたメタフィクションは、重層的な作品です。書く者と書かれる者、支配者と被支配者、アメリカとフィリピンの視点という関係が交錯して重なっていき、その中心にはフィリピン史における大虐殺事件があるのです。。

 

物語は、著者の分身ともいえる作家兼翻訳者のマグサリンが、アメリカ人の映画監督キアラから通訳を依頼されるところから始まります。1970年代にベトナム戦争中の米軍による虐殺事件を扱った映画をフィリピンで撮影したのち失踪した父親を持つキアラは、フィリピンでも同様の虐殺事件が起きていたことを知り、映画化を試みているところでした。

 

米比戦争は、1898年に起こった米西戦争の際にアメリカがフィリピンに約束した独立が反故にされたことで始まりました。3年半続いた独立戦争に敗れてアメリカの植民地となったフィリピンでは、20万人から150万人ともいわれる途方もない民間人犠牲者を出したと言われています。中でもアメリカ軍が38人の犠牲者を出した報復としてサマール島とレイテ島の島民を皆殺しにした事件は、インディアン戦争やベトナム戦争での虐殺を超える残虐なもの。しかし半世紀にわたる植民地支配の中で、この事実の記憶も薄められてしまったのでしょう。少し前に読んだ『物語フィリピンの歴史』でも、このあたりの事情は「独立運動の頓挫」としか書かれていませんでした。

 

キアラが映画の中での視点人物として作り上げたアメリカ人女性カメラマンカッサンドラに対して、通訳の範囲を超えたマグサリンは実在したフィリピン人女性戦士カシアナを登場させます。かくして2人の「脚本の対決」が始まるのですが、本書の中では優劣の判断はつきません。むしろランダムに綴られる文脈の中で、時に時空を超えて展開される2人の物語の境界は消え去っていくようです。しかし著者の姿勢は明快です。「この本はフィリピン人のために記憶を保とうとしている」作品なのですから。

 

2023/4