近年になって躍進著しい中国SFですが、本書はいわゆる「中華圏SF」のアンソロジーです。ケン・リュウ、郝景芳(ハオ・ジンファン)、閻連科(エン・レンカ)らの中国作家のみならず、イーユン・リーなどの中国系アメリカ人作家の作品や、中国を題材にした日本人SF作家の作品やエッセイが含まれており、多面的ではあるのですが、焦点がぼやけてしまった感もあります。
「トラストレス(ケン・リュウ)」
契約条件の執行と支払が自動化された「スマートコントラクト」は、強者の圧力を躱すことで、貧者たちの希望の星になるのでしょうか。
「改暦(柞刈湯葉)」
アラビア天文学をベースとした「授時暦」が、元朝によって採用されてしまいます。皇帝の徳や天の意思とは無関係に、ただ正確である暦の出現は、人間の意思を踏みにじるものなのでしょうか。
「阿房宮(郝景芳)」
実は始皇帝は永遠の生命を手に入れていた。彼の後に続いた全ての王朝を彼の後継帝国と言い放つ始皇帝は、なぜ今になって生命を放棄しようとしているのでしょう。そして彼が最後に訪れた阿房宮とはどのような場所だったのでしょう。
「移民の味(王谷晶)」
「アメリカで餃子屋を営む中華系移民」の物語だと思っていました。その店が提供しているのが「正統宇都宮餃子」と知るまでは。
「村長が死んだ(閻連科)」
ノーベル文学賞候補である著者の作品は、SFやファンタジーとしても通用するのかもしれません。村の独裁者であった村長の死が巻き起こした混乱に始まり、死者たちの魂の叫びに終わる短編は、『愉楽』や『丁庄の夢』と同質の世界です。
「ツォンパントリ(佐藤究)」
辛亥革命を成し遂げた孫文が最後に神戸に立ち寄った時に、何が起こったのでしょう。彼は悪魔と取引していたのでしょうか。彼が幻視した未来の麻薬戦争は、中国の阿片戦争の再来なのでしょうか。
「最初の恋(上田岳弘)」
祖父が生まれた満州から「満(ミツル)」と名付けられた孫息子が、仕事で旧満州の長春に出張。彼が懐かしく思う初恋の思い出は、彼自身のものなのでしょうか。それとも?
「盤古(樋口恭介)」
中国神話に登場する「扶想の樹」とは、世界の始まりから立っていた言葉の樹。それは実在するのでしょうか。宇宙を彷徨ってきた、情報を保存して伝達する微生物が、言葉を生み出したのでしょうか。
「食う男(イーユン・リー)」
文革時代の北京で生まれ、現在はアメリカで創作活動をしている著者が、食にこだわり続けたことで嵐の時代を生き延びた祖父の思い出を語ります。天安門事件後の北京大学に入学して「政治再教育」を受けた著者は、祖父の知恵を理解できたのです。
「存在は無視するくせに、私たちのふりをする彼ら(ジェニー・ザン)」
作家志望の白人男性が、中国系女性の名前を詐称したら、雑誌に掲載されるのでしょうか。有色人種の経験に共感するだけで称賛される白人とは、なんと能天気な人種なのでしょう。
「ルポ『三体』が変えた中国(藤井太洋)」
『三体』をアメリカに紹介したケン・リュウの存在は、やはり大きかったのですね。
「『三体』以前と以後(立原透耶))」
なかなか図書館の順番が回ってっこないので『三体』は未読ですが、中国SFの水準が「三体以前」から高かったのは事実です。変わったのは世間の評価だけだと思うのですが・・。
2022/11