りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

折りたたみ北京(ケン・リュウ編)

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紙の動物園母の記憶になどのSFを欧米で評価されている編者が、もはや欧米と遜色ない現代中国SFの最前線の作品を紹介するアンソロジーです。中国的な題材がむしろ新鮮に感じますが、政治批判として受け取るのは「正しい読み方」ではないようです。

「鼠年(陳楸帆)」
変異したネズミとのうんざりするような闘いに駆り出された、全体主義国家の青年の苦闘を通して、この世界を支配する「ゲーム」の姿が描き出されます。

麗江の魚(陳楸帆)」
生物時計と松果腺の受容体操作によって、老化と精神的な時間の流れを遅くする技術が実用化された世界。富裕層しか享受できない特権ですが、異なる時間の流れを生きる人間からは、風景が流れるように見えるのです。

「沙嘴の花(陳楸帆)」
壁に囲まれた深圳特区の周辺には、下層民区画が広がっていました。そこに生きる清廉な娼婦を愛した技術者でも、彼女を救い出すことはできません。陰鬱な「サイバーパンク」です。

百鬼夜行街(夏笳)」
幽霊が出没する街を描く妖怪譚は、途中からSF的な物語に変質していきます。著者は自作を、ハードSFとソフトSFの中間を行く「ポリッジSF」と称しているようです。

「童童の夏(夏笳)」
日本より急速に少子高齢化が進行している中国では、「介護者不足問題」を遠隔操作ロボットが担うのかもしれません。他者を介護することが可能になった高齢者たちは、「解放」を手にするのです。

「龍馬夜行(夏笳)」
人類が滅亡した世界。フランスで製造されて中国に送られた龍馬が、こうもりと語り合いながら、海を超えてナントへと帰り着く情景が美しい作品です。

「沈黙都市(馬伯庸)」
禁止語指定を飛び越えて、健全語のみで会話をするよう強制されるようになった検閲社会。当局に隠れて自由な会話を楽しむ反乱者たちも、やがては摘発されてしまいます。テクノロジーが進歩した「オーウェルディストピア」では避難場所などないのでしょうか。

「見えない惑星(郝景芳)」
惑星ごとに異なる奇妙な文化と社会と生態系。プリ―ストの夢幻諸島からを思わせますが、一元化を進める社会への強烈なアンチテーゼのようです。

「折りたたみ北京(郝景芳)」
貧富の差によって3層に分割された北京。密かに第3層から第1層に移動した老人は、何を見たのでしょう。北京がゆっくりと折りたたまれていく描写は、ハリウッド映画向きかもしれません。

「コールガール(糖匪)」
少女娼婦が売るものは電脳世界の物語。大きすぎる物語を求める客には、そこに行ってもらうのが手早いのですが、戻れなくなるかもしれません。

「蛍火の墓(程婧波)」
夏への扉を抜けて、宇宙の無重力都市に到着した人類を描いた魔術的な物語。この著者の作品は、「多層的で夢のようなイメージが、メタファーの論理と入り組んだ構文、暗示的な表現によってつながっている」そうです。ル・グインさんを思わせる作品でした。

「円(劉慈欣)」
暗殺に失敗して始皇帝に仕えることになった荊軻が、300万の軍隊をビットに見立てたコンピュータを設計。不老不死の秘密に繋がる円周率の計算を行うのですが・・。長編『三体』からの抜粋ですが、独立した短編としても優れた作品です。

「神様の介護係(劉慈欣)」
神が人類を創造したのは、老年期になってからの介護を依頼するためでした。老いさらばえて科学も技術も忘れ去った20億人のボケ神々を受け入れた人類でしたが、やがて許容の限界に達します。数人の神を受け入れた中国の農村が舞台になっている点が、秀逸です。

他に、劉慈欣、陳楸帆、夏笳の3氏による、中国SFの現状を解説するエッセイが収録されています。

2018/7