りぼんの読書ノート

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エクソダス症候群(宮内悠介)

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SF作品でありながら直木賞候補となった『盤上の夜』で鮮烈なデビューを飾った著者が、精神疾患の闇に迫った初めての長編です。 

 

主人公は、火星に生まれて地球に移住し、精神科医となったカズキ。彼は恋人の自殺をきっかけに地球での居場所を失い、故郷の火星に帰還します。カバラ図象「セフィロトの樹」のように配置された精神病院に勤務し始めたカズキは、次々と奇妙な事実に気づいていきます。 

 

独裁的な院長と、病院最古の患者でありながら特殊病棟長を務めているという老人は、何をたくらんでいるのでしょう。そして2人はカズキの父親と知り合いのようなのですが、父親が死んだ夜に何が起こっていたのでしょう。さらに病院にあるという秘密の地下室には、カズキの出生の秘密が隠されているのでしょうか。 

 

そして本書の価値を高めているのが、精神疾患に関する考察です。すでに統合失調症が混雑されたはずの地球で、なぜ自殺が装荷しているのか。それは、火星特有の精神疾患とされる、妄想的な脱出衝動に取り憑かれる「エクソダス症候群」と関係しているのか。狂気とは故人と文明とのかかわり方にすぎないのか。狂気は狂気によってしか癒せないものなのか。 

 

意欲的なテーマに挑んだ作品ですが、火星を舞台とした必然性を感じられなかったのが惜しまれます。かつては地球上の各地で症状が観られた地域文化特有の「文化結合症候群」が、グローバリズムによって意味を失った時代において、新たな宇宙的辺境として火星を持ち出したのでしょうが、火星特有の文化的風土の説明が不足していたように思えるのです。 

 

2020/7