りぼんの読書ノート

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隣接界(クリストファー・プリースト)

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隣接する異世界の存在を前提とする本書は、著者の集大成とでもいうべき位置づけになるのでしょうか。メインストーリーから派生する異世界には、これまでの著作のモチーフが散りばめられているのです。

そもそもメインストーリーが展開される世界も、現実世界から奇妙にずれているのです。近未来、いかなる事情があってかイスラム国家となっている英国は、激しい気象変動と荒れ狂うテロにさらされて、軍事国家になっているようです。国境なき医師団メンバーであった妻のメラニーを反政府主義者の襲撃によって失い、トルコから英国に護送されたフリーカメラマンのタラントの「現実」が、歪み始めていきます。

第一次大戦中、爆撃機をカムフラージュする使命を帯びた奇術師のトレントは、やはり前線で奇想的なアイデアの導入を求められていた小説家のH.G.ウェルズと遭遇。近未来、肖像写真家のタラントは、量子力学を実用化した技術が最終兵器に用いられたことを嘆く物理学者の写真を撮影。第二次大戦中、航空整備兵のトーランは、ポーランドから亡命してきた女性飛行士のマリナに恋をしますが、彼女が操縦するスピットファイヤーはイギリス上空で消息を絶ってしまいました。そして護送されるタラントの周辺でも不思議な出来事が起こり始めます。

そして遠い宇宙の夢幻諸島では、カメラマンのタラントが伝道師のマリンと不思議な旅をしています。そこには出自が不明な人々や都市が出現していたのです。かつて医師だったというマリンは、奇術に失敗して事故を起こしたトムを、群衆の復讐から救えませんでした。そして奇術師のトムに以前の恋人の面影を追い求めていたマリナは、この世界にやって来た時に乗っていたスピットファイアーで飛び立ちます。彼女が向かう先は・・。

本書は、周辺世界もアイデンティティーも揺らぎ続ける世界の中で、純愛を貫き通そうとするカップルのロマンスとして読むべき作品なのでしょう。最後に、本書に投影されている著作を紹介しておきましょう。H.G.ウェルズへのオマージュであるスペースマシン、世界が社会主義圏とイスラム圏に二分されているドリームマシン、謎めいた超絶イリュージョンを描いた奇術師、第二次大戦に端を発するパラレルワールドストーリーの双生児、SF連作短編集の夢幻諸島からなどはすぐに思いつくのですが、他にもありそうです。

2018/1