りぼんの読書ノート

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芙蓉の干城(松井今朝子)

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江戸時代の狂言作者の末裔で、大学講師の桜木治郎が探偵役を勤める「歌舞伎界のバックステージ・ミステリー」の第2作。前作の『壺中の回廊』と同様に、『非道、行ずべからず』にはじまる「江戸歌舞伎3部作」の流れを汲む者たちが登場するのも楽しい趣向です。 

 

時代は昭和8年。歌舞伎の殿堂・木挽座の間近で男女の惨殺死体が発見されて物語が始まります。被害者は右翼結社の大幹部と情婦であることが判明しますが、ボックス席にいた桜木の姪・澪子は、下の席にいた2人は眠り込んだまま消え去ったという、謎の証言を行います。日本の軍国主義化を進めた「五・一五事件」の翌年であり、右翼結社と裏社会の繋がりも疑われますが、木挽座の裏方が相次いで不審死を遂げたことは、事件とどう関係してくるのでしょう。 

 

タイトルに用いられた「干城(たて)」とは、「皇国の干城」などと言うように「何かを身を挺して守る者」を意味する言葉です。では「芙蓉」とは何を意味しているのでしょう。国家を憂う一途な青年将校も登場しますが、もちろんそんな単純な物語ではありません。歌舞伎界の「女帝」として君臨する女形の萩野沢之丞や、その息子で夭折した天才役者の荻野宇源次も絡む事件の解決には、治郎も知らなかった歌舞伎のバックステージの仕掛けも必要なのです。 

 

そして最後の犠牲者が出た時に、「干城」が意味していたものが覆ったことに気づかされます。それはほろ苦い驚きなのですが、どこか安堵すら感じさせられてしまうのは、著者の力量にほかなりません。いつもながら、期待を裏切らない作品です。途中の推測などはあっさり裏切られてしまうのですけどね。 

 

2020/1