文化6年(1809年)6月、江戸最大の劇場であった中村座が炎上し、焼け跡から絞殺された男の死体が見つかった所から、物語が始まります。
男の正体は楽屋に出入りしていた小間物屋だったのですが、誰が何の為に殺害したのか。犯人は芝居に関わる身内なのか。疑心暗鬼が高まる中で、奉行所同心の手先を務めた桟敷番の右平次も、秘密を知っていたと思しき楽屋頭取の七郎兵衛も殺害され、謎が深まっていくのですが・・。
折りしも、老境に差し掛かった看板女形・三代目荻野沢之丞の名跡継承が2人の息子の間で争われています。実は長男の一之介は実子なのですが、次男の宇源次は、かつて沢之丞のライバルであった袖崎林弥の息子であり、このあたりが事件に大きくかかわっていそうです。しかし、その他にも作者の喜多村松栄、帳元の善兵衛、金主の大久保等、利害が絡み合う中で誰にも動機がありそう。
一人称での語り手が次々と変わっていく手法は、主役級の役者に見せ場を作っていく芝居のようです。舞台の上の火の見櫓、水槽を連ねた川、狐火、宙釣りなど、趣向と技術を凝らした全盛期の歌舞伎の描写も鮮やかですし、「芝居に生きるものとしての信念に従っただけ」という犯人の動機までも含めて、一服の芝居のような作品です。
2011/12