りぼんの読書ノート

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壺中の回廊(松井今朝子)

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江戸時代の歌舞伎界を舞台にした物語を得意とする著者ですが、本書の舞台は昭和5年。7年前の関東大震災の記憶もまだ新しく、2年前のアメリ大恐慌の影響を受けた不景気の中で労働争議が多発した年。特高による国民の締め付けも厳しくなっていき、日本の軍国化が進んでいます。

 

歌舞伎の世界もまた、世相の動きの例外ではありません。築地小劇場を拠点とする新劇からは「旧劇」と呼ばれて旧弊を批判され、またトーキー化しつつある映画は、次の時代の娯楽の中心となることが約束されているようです。

 

そんな中、歌舞伎の殿堂たる木挽座(歌舞伎座)で、人気役者の五代目袖崎蘭五郎が「忠臣蔵」を演じている最中に毒殺されるという事件が発生。旧劇に革命を起こそうとしていた蘭五郎に反感を抱く者も多く、関係者全員が容疑者という状態。築地署の笹岡警部は江戸狂言作者の末裔・桜木治郎に捜査協力を要請したものの、第二、第三の殺人事件が発生。特高による関係者の大量検挙も懸念される中で、桜木たちは真相にたどりつけるのでしょうか。

 

「女帝」と怖れられる老女形や「東洋のヴァレンチノ」と呼ばれる二枚目など、昭和初期に活躍した役者をモデルとしている者や、非道、行ずべからずにはじまる「江戸歌舞伎3部作」の流れを汲む者たちが登場するのも楽しい趣向です。

 

事件の真相も時代背景にふさわしいものでしたが、タイトルの「壷中」とは、この時代の閉塞状況を意味しているようです。生き残った者たちは、より暗い時代へと入り込んでいくことになるのですから。そして、時代の変化に対応しきれないシステムが困難な道を歩まねばならないという意味では、現代にも重なってくるテーマなのです。

 

2014/1