りぼんの読書ノート

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江戸の夢びらき(松井今朝子)

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1600年頃の慶長時代に出雲阿国が始めたとされる「かぶき踊」が、江戸初期の「遊女歌舞伎」や「若衆歌舞伎」を経て、演劇を中心とする現代の姿に近いものにまで発展したのは、元禄時代を中心とする17世紀後半のこと。歌舞伎興行を許された江戸四座もこの時代に起こりました。

 

そんな歌舞伎の草創期に登場した不世出の役者が初代市川團十郎。本書は彼の妻となった女性・恵以の視点から、團十郎が「荒事」を生み出した情熱や、江戸の民衆が團十郎に熱狂した背景や、團十郎が舞台上で命を落とした原因や、2人の息子である2代目團十郎が歌舞伎の基本を定めて伝統芸能への道を開いた経緯が語られます。

 

大坂の陣から50年後、泰平の世となった時代を持て余す若者がまだ大勢いた時代、江戸には旗本奴や町奴と呼ばれる無頼の徒が群れていたとのこと。遊郭や芝居町という盛り場で、そういう人々のエネルギーを吸い集めて生まれたのが「歌舞伎芝居」だったのですね。本書では、侠客であった團十郎の父親と、浪人であった恵以の父親は、後に一座の用心棒的な役割を担う男の紹介で知り合ったとされています。子役・海老蔵としてデビューした團十郎がほとぼしる情熱のままに即興で演じた舞台が「荒事」を生み出したとなったという、著者の解釈には頷けます。

 

そんな團十郎が人気の絶頂期に殺害されてしまったのは、役者どうしの嫉妬が原因だったのか。それとも前年の元禄地震で壊れた芝居小屋を再建した心意気が、座元の地位を脅かすものと懸念されたのか。しかし跡を継いだ息子が2代目として、歌舞伎の役柄、隈取り、舞台仕掛けなどの定型を完成させるに至ったのですから、母親としては本望だったのでしょう。生類憐みの令、赤穂浪士の討ち入り、元禄地震、宝永の富士山大噴火、江島生島事件など、草創期の歌舞伎に影響を与えた時代背景も巧みに織り込まれています。歌舞伎界に詳しい、この著者にしか書けない作品です。

 

2021/4