りぼんの読書ノート

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アウグストゥス(ジョン・ウィリアムズ)

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1972年に出版された本書は、生涯に4冊の小説しか創作しなかった著者の最後の小説であり、翌年に全米図書賞を受賞しています。しかし当時の売れ行きは鈍かったようで、邦訳されたのはなんと2020年になってから。第3作の『ストーナー』が再評価されてからのことでした。こんなに素晴らしい小説を、今まで読むことができなかったなんて!

 

アウグストゥスとは、養父カエサルを継いで地中海世界を統一し、ローマ帝国初代皇帝となったオクタウィウスに贈られた尊称のこと。カエサルが暗殺された時にわずか18歳であったオクタウィウスが手にしていたものは、偉大な名前と、養父から引き合わされた若い友人たちだけ。彼を押しつぶそうとしているものは、カエサルを暗殺した共和派のキケロやブルトゥスのみならず、カエサルの後継者を自認する軍人アントニウスレピドゥスたち。本書の第1部は、彼の生涯の盟友であった軍人アグリッパと政治家マエケナス回顧録や書簡によって、まだ何物でもなかった青年が、幾多の難関を乗り越えて、ローマ帝国の基礎を築いていくまでの13年間が生き生きと描かれます。

 

第2部は一転して、皇帝アウグストゥスのもとで平和と文化を享楽するローマの姿が、ひとり娘ユリアの回想録を中心にして語られます。興隆の最中であるにもかかわらず不幸の気配が感じられるのは、直系の男子を有さない持たないアウグストゥスの後継者の座を巡る暗闘が予測されるからでしょうか。政略の道具として3度の結婚をしたユリアが初めて経験した愛は、帝国の安定を揺るがすものだったのです。

 

そして第3部になってはじめて、アウグストゥスの内面が一人称で語られるに至ります。最も愛したユリアを自らの手で不幸に落とし、最も愛するローマを陰険なティベリウスの手に委ねざるを得なくなった中で、死期を悟った老帝は何を思うのか。もちろんこの部分は著者のフィクションですが、わずか40数ページの第3部のために、350ページ近い第1部と第2部が綴られてきたわけです。著者の集大成ともいえる格調高い名文を存分に味わえる作品でした。本書も今年のベスト本の候補です。

 

2021/4