りぼんの読書ノート

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東洲しゃらくさし(松井今朝子)

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寛政年間のほんの一時期、彗星のように登場して消え去った謎の絵師、写楽の正体については、。阿波の能役者・斎藤十郎兵衛、歌川豊国、葛飾北斎喜多川歌麿司馬江漢、谷文晁、円山応挙などの絵師から、山東京伝十返舎一九、谷素外など、多くの人物の名が挙げられていますが、本書は新解釈。

松井さんが着目したのは、写楽の登場が、上方の人気歌舞伎作者・並木五兵衛の江戸下りと同時期であること。五兵衛に先立って江戸芝居の偵察に来させた若者が写楽ではないかというんですね。大坂の芝居小屋で道具の彩色方でしかなかった彦三に期待されたのは、舞台の絵を描いて様子を知らせること。ところが彼の描いた独特のタッチの絵が蔦屋の主人に見込まれて、役者絵専門の絵師の誕生となったというのです。

しかし本書のテーマは「写楽の誕生秘話」だけではありません。むしろ、上方と江戸の芝居のあり方や観客の好みの違いにとまどう並木五兵衛の苦労のほうがメイン・ストーリー。五兵衛も彦三も、江戸(東洲)の権威主義に対して「しゃらくせえ」と反発し、江戸で人気をとる存在になっていくのです。2人の行く末は対称的なのですが・・。

ところで並木五兵衛と妻の小でんは、並木拍子郎種取帳シリーズに師匠役でレギュラー出演。並木五兵衛と浅からぬ因縁のあった花形女形の三代目荻野沢乃丞は非道、行ずべからず道絶えずば、またに登場しています。松井さんのデビュー作であった本書は、その後の路線も定めたわけです。

本書の中に、後の十返舎一九曲亭馬琴鶴屋南北葛飾北斎など、江戸後期を彩る文化人たちが登場するのも楽しい趣向です。

2013/8