厳しい要求に応え、やがて「跡継ぎ」と見込まれ、弟子として武智の演出助手を努めるようになるのですが、やがて年齢差40歳の師との別れの時が訪れます。その時に師が著者に遺した遺言とは何だったのか。心惹かれるテーマであり、本書のクライマックスであることは間違いありません。
しかしながら、長い前書きのように綴られた、著者が自身の武智鉄二氏と前半生も興味深いたのです。京都祇園の料理屋に生まれ、複雑な家族環境のなかで育った著者は、親戚に歌舞伎役者も多かったことから、幼い頃から歌舞伎や芝居に親しんでいたとのこと。現代が前近代的なものと地続きであることを、あらためて感じさせてくれます。
六代目歌右衛門に憧れて上京した早稲田の文学部では浄瑠璃を専門とし、大学院まで進みながら研究を離れて、既に斜陽であった松竹に入社。そしてフリーになった際に武智鉄二氏と出会うのですが、その間の時代背景や世相が、著者の精神世界の形成に影響していった過程の叙述には、美しい舞を見るかのようによどみがありません。
そして最後まで反骨を貫いた師に就いて、「人生とは時に他人との闘いを避けられず、常に自分との戦いの場でもある」ことを学んだとの締めくくりに至ったときには、素晴らしい舞台を見終えたような気にさせられてしまうのです。本書は、自伝文学という枠を超えた「作品」なのです。
2018/5