りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ダッハウの仕立て師(メアリー・チェンバレン)

第二次大戦時のドイツでは、戦争捕虜となった民間人を工場や病院で奴隷労働に従事させており、中には一般家庭で働かせた例もあったそうです。フランスの尼僧であった著者の叔母も、老人介護労働をさせられていたとのこと。ただし歴史学者である著者は、本書は歴史に題材を求めた「小説」であると断りを入れています。

 

1939年春のロンドン。婦人服のドレスメイカー兼マヌカンとして働き始めた18歳のエイダは、いつか自分の店を構えることを夢見ていました。そんなときに出会った自称伯爵に誘われて、あこがれのパリに出かけたところで、第二次世界大戦が勃発。自称伯爵は行方をくらまし、ロンドンに帰れなくなってしまったエイダは、ベルギーの尼僧院に逃げ込んだところでナチスに囚われてしまいます。絶対絶命の彼女に残された道は、たたひとつ身につけた技能で生き抜くことでした。

 

ダッハウ収容所長の屋敷で昼夜の家事労働を強いられ、飢えとも戦いながら奴隷同然の生活を余儀なくされたエイダは、収容所内で行われていたことなど知る由もありません。屋敷に出入りするドイツ婦人たちのドレス作りに誇りを見出しつつ生き延び、ナチス敗北後に解放されてイギリスに帰国。しかしロンドンでは、もうひとつの「エイダの戦争」が待っていたのです。

 

エイダのモデルとなったのは、ココ・シャネルなのでしょう。ナチスの大物スパイであった伯爵とホテル・リッツで優雅に暮らしたシャネルは、戦後に対独協力者として逮捕されたものの、政治家の介入で釈放されファッション界に返り咲くことができました。しかし無名のエイダには救世主など現れるはずもありません。まだイギリスで反独感情が強く、司法制度も整っておらず、あからさまな性差別を象徴する「挑発罪」が存在していたころの悲劇的な物語です。

 

2023/10