りぼんの読書ノート

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ザ・ディスプレイスト(ヴィエト・タン・ウェン/編)

トランプ大統領の誕生によるアメリカの排外的政策や感情の高まりに危機感を抱いた、「難民作家」たちによるエッセイ集です。編者は4歳の時にサイゴンからアメリカに逃れた経験を持つヴィエト・タン・ウェン。彼は難民について、普段は亡霊のように無視され、脅威とみなされると排除されるが、どちらも暴力であると語ります。そしてひとたび難民となってしまったら、新たに永住の地を得た後も、難民だった時の記憶は残り続けると。それは家族も友人も国家も失い、未来が見えないまま非人間的な環境に置かれるという、恐怖の体験なのです。

 

祖父がつけてくれた本名をアメリカ風に変えるに至った自己変容のプロセスを語る、アフガニスタン出身のジョセフ・アザム。新たに滞在許可を得ようとする難民に対して静かな連帯を示す、旧ソ連のラトヴィィア出身のデイヴィッド・ベズモーズギス。彼の『ナターシャ』は自伝的な短編集です。VRの難民体験に心を揺さぶられたのは、アフガニスタン生まれのパキスタン人であるファーティマ・ブットー。難民の荷物と生活の断片をイラストで描いた、元ヴェトナム難民のティ・ブイ

 

トランプの壁に対抗するのはラテンアメリカの食材が並ぶスーパーだと語る、チリ出身のアリエル・ドルフマン。人を亡霊に変えてしまう難民生活の中で人間らしさを保とうと苦闘する、旧ソヴィエト時代のウクライナから逃亡したユダヤ人のレフ・ゴリンキン。難民と移民の間に区別はないと語る、メキシコからの不法移民だったレイナ・グランデ。記憶にない幼少期の難民体験を思い出すためにドイツに向かった、エチオピア出身のメロン・ハデロ

 

突然暴力的になった隣人たちから逃げ出した友人の体験を語る、ボスニア出身のアレクサンダル・ヘモンアメリカではなくカナダを選択した幸運を語る、ハンガリー出身のユダヤジョセフ・カーテス。9.11後にイスラム教徒で褐色の肌を持つアメリカ人であることの恐怖を語る、イラン出身のポロチスタ・カークプール。ブリグジットで反移民感情が高まったイギリスで自分が難民であったことを思い出させられた、ウクライナ出身のマリーナ・レヴィツカ。彼女の『おっぱいとトラクター』は素晴らしい作品でした。

 

イタリアのカフェで目にした若い黒人移民の苦悩に心を痛めた、エチオピア出身のマーザ・メンギステ。難民は受入国に感謝すべきという考えの怖ろしさを語る、イラン出身のディナ・ナイェリー。難民が持つ側面を孤児・訳者・亡霊に分類した、ヴェトナム難民のヴ・トラン。ほかから抜きんでることで受け入れられようと苦闘した、南アフリカ経由でアメリカにたどりついたジンバブエ出身のノヴヨ・ローサ・チュマ。生きるために収容所内で格闘する子供たちを勇士に例えた、ラオスのモン族出身のカオ・カリア・ヤン

 

「声なき声」と呼ばれる難民たちは、実は大声を上げ続けていると編者は語っています。問題はだれもその声を聞こうとしないことなのだと。それは真実なのですが、まずは本書にエッセイを寄せた18人の作家たちの声を聞くことから始めることをお薦めします。

 

2023/9