りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

橋上幻像(堀田善衞)

f:id:wakiabc:20200815145919j:plain

1968年に出版された『若き日の詩人たちの肖像』の2年後に書かれた本作品も、「国家の横暴に対する怒り」という同じテーマを扱っています。タイトルは、時間の交差点である「Y字型の橋の中心点」という虚点に誘われた読者が、作者に代わって現れる登場人物が語る3編の物語を聞かされるという仕掛けから来ています。 

 

第1部「彼らの間の死」では、戦後に自殺した男の婚約者に対して、男の友人が語りかけます。ニューギニア戦線に送られて極限の飢餓状態に追い込まれた男は、どのようにして生き残ったのでしょう。そしてその体験が、なぜ男を自殺させることになったのでしょう。『野火(大岡昇平)』の世界ですね。男の友人は「語る」ことで、男の経験を自分のものとして取り込んでしまったようです。それは「語り部」の宿命なのかもしれません。 

 

第2部「それが鳥類だとすれば」は、語り手の友人であるロシアの映画監督が撮影した映画を、ユダヤ人の通訳女性とともに鑑賞するという作品です。ロシアに侵攻したナチスによるユダヤ人殺戮を描いた映画は、その通訳女性の少女時代の体験そのものでした。 

 

第3部「名を削る青年」は、米軍のヴェトナム脱走兵を一時的に匿った男の物語。その兵士は、アメリカ人家族の養子となった朝鮮戦争の孤児なのですが、彼はもともとの朝鮮名も、その後に与えられたアメリカ名も拒否するのです。名前というものに代表されるアイデンティティもまた、国家から自由にはなれないものなのでしょうか。 

 

かなり前に『ゴヤ4部作』を読み、数年前に『ミシェル 城館の人』を読んだ以外には、著者の作品に触れる機会はなかったのですが、先月読んだ『路上の人』に感動して他の作品を読み漁っている状態です。 

 

2020/9