りぼんの読書ノート

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西への出口(モーシン・ハミッド)

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物語が始まるのは、中東のどこかと思われるものの地名が明かされない国の都会です。大学の夜間授業で出会ったサイードとナディアは恋に落ちますが、その時そこでは内戦が起ころうとしていたのです。市外戦、砲撃、空爆が日常化していく中でサイードの母親が亡くなり、愛し合う2人は脱出を模索し始めます。 

 

本書には瞬間的な移動を可能とする「扉」が登場しますが、これは移動の描写を省略するための象徴的な存在なのでしょう。「どこでもドア」のように好きなところに行けるものではなく、ある地点への脱出を可能とする「ルート」にすぎないのです。「扉」の存在が噂にのぼると、武装勢力は警戒し、闇商人は暗躍。そしてたどり着く先でも、難民や移民の群れの中に留まらざるを得ないのです。 

 

2人は「扉」を使ってミコノスへ、そしてロンドンへと向かいますが、もちろんそこでの生活も安泰なものではありません。どこに行っても排外主義者が勢力を増しており、世界各国から来た難民や移民の中でもトラブルは起きるのです。そんな中で、サイードとナディアの関係も次第にほころんでくるのでした。 

 

著者にとって移住とは空間を超えることばかりではないようです。途中で登場するカリフォルニアの老女はしみじみと述懐します。ずっと同じ場所に住んでいるのに周囲は異邦人ばかりとなり、ハーフの孫娘は東洋人の顔をしていると。「私たちはみな、時の中を移住していく」という言葉こそ、著者が語りたかったものなのでしょう。 

 

イードとナディアの関係を変えてしまったのは、移住体験なのか。それともその中での時間経過にすぎないのか。「出口」とはどこにでもあって、誰もが通過すべきものであり、そこを通ったからには変化を受け入れなくてはならないものなのかもしれません。難民や移民と言う現代的な課題を描きながら、普遍的なテーマにまで踏み込んだ、完成度の高い作品でした。 

 

2020/3