りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

シリア 震える橋を渡って人々は語る(ウェンディ・パールマン)

f:id:wakiabc:20200225091647j:plain

アサド政権による圧制とシリア内戦、大量な難民流出やイスラム国による支配など、この数年でシリアという国に対する印象は非情に悪化しています。しかしセンセーショナルなニュースと比較すると、そんな国家に住んでいる普通の人々の苦しみや悲しみはあまり伝わってこなかったように思えます。何百人ものシリア人へのインタビューからなる本書は、それがどこか日本から遠く離れた場所で起きる出来事ではなく、人類全体で共有すべき悲劇であることを教えてくれます。 

 

本書は8部構成です。第1部では1970年から2000年にかけての先代アサド大統領による権威主義的な統治。第2部では2000年から2010年までの現アサド大統領による最初の10年間における国民の窮乏化。第3部では2010年の「アラブの春」に触発されたシリア革命の始まり。第4部では抗議の鎮圧に向かった政権の残虐行為の始まり。第5部では反乱を起こした人々が武装化に向かう様子。第6部では内戦下における恐怖の体験。第7部では難民化して海外に逃れた人々の声。そして第8部では生き延びた人々が、この激動の出来事を理解しようともがく証言が紹介されるのです。 

 

不当逮捕による問と虐殺、家族や隣人が犠牲になる銃撃、無差別の爆撃、尊厳を剥ぎ取られた人々の嘆きなど、本書のどこを採っても悲惨な証言に満ちているのですが、そのなかでもわずかな希望を感じた後の落胆が痛ましい。 

 

若い大統領の登場による「ダマスカスの春」への期待は、腐敗による富の集中化と一般大衆の貧困化に終わりました。抗議運動が始まった時に「アサド大統領が反省し方向性を示してくれれば支持した」との民意は、デモ参加者への虐殺で迎えられました。武器を持って立ち上がった人々のわずかな希望は、自由シリア軍の変質とアルカイダイスラム国などの急進的武装組織をシリアに招き入れてしまいました。そしてアメリカをはじめとする民主的な外国への期待は大半が単なる傍観に終わり、実際に入ってきた支援は反政府諸勢力の利権争いを煽っただけでした。そしてシリアに残った人々に遺されたのは絶望感と死への恐怖。幸運にも脱出できた人々も明日を知れない無力感に覆われているのです。 

 

しかしそれでもなお、人々はわずかな希望を抱くのです。パンドラの箱を開けてしまった無垢な心が恐るべき出来事を招いてしまった結果、自分ではもう夢など見まいとは思うものの、まだ何かを夢見る人々の手助けはできるのではないかと。そして自分たちは何度も裏切られたものの、自由と正義を求める人々の連隊ほど大切なものはないと。本書を読んでしまった今、シリアの人々の思いとはもう無関係ではいられません。自分には何ができるのでしょうか。 

 

2020/3